第3章 夕凪 ~面影を探して~

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「ごめんなさい!大丈夫ですか?高村君・・・」 腕を掴んだまま、憮然とした表情で、颯が睨む。 「・・・やると思った・・・」 その顔を見て、葉月がプッと吹き出した。 「わ、わたしも・・・」 恥ずかしそうに笑うと、葉月のやさしい瞳が、颯を包み込む。 その瞳から、目が離せない。 いつの間にか、風は凪いで、濡れた身体も、それほど寒さを感じなかった。 傾いた陽が、辺りをオレンジ色に染めていく。 さっきから何時間もずっと、ここにいるように思えた。 陸風が吹き始め、太陽がそのひと雫の輝きを落とす。 「そろそろ、帰るぞ。」 颯が海に背を向ける。葉月も後に続いた。 リュックの中から、雨用のカッパを取り出すと葉月に 放ってよこす。 「走り出すと、寒くなるから、これ着とけ。」 「あ、ありがとう。・・・高村君は?」 「オレは慣れているから平気だ。」 ぶかぶかのカッパを着ると、来た時と同じように颯の後ろに乗る。 今度は、何も言われなくても、ギュッとしがみついた。 少しでも、寒くないように。 バイクが動き出す。 颯は背中が、やけに熱く感じた。 星が輝き出す頃、葉月のアパートの前でバイクを停めた。 ヘルメットを脱ぐ。 「あの、これ洗って返しますね。」 着ているカッパをつかんで、伝える。 「別に、そのままでいい。」 「でも・・・」 「わかった、いつでもいいから。」 「今日は、楽しかったです。ありがとう。」 葉月が笑顔を向ける。 「・・・あぁ、オレも。じゃあな。」 赤いブレーキランプが角を曲がり、見えなくなる。 ****** その夜遅く、部屋の窓を開け放し、颯は缶ビールを開けていた。 オレ、今日何しにいったんだ? あいつに、いくら杉崎さんが忘れられないからって 変な男に引っ掛かんなよって、言おうとして・・・。 海で楽しそうに笑う葉月の顔を見ていたら、結局何も言えなかった。 ・・・また、どっか連れてってやろうか。 窓から入る微かな風にあたりながら、ぼんやり考えた。
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