第1章 東風 ~彼女は煙草の香り~

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「わかりました。じゃ、鍵置いとくんで、この部屋使っていいです。 俺、ダチんとこ泊まりに行くから。」 颯は、立ち上がり着替えるべく、クローゼットを開けた。 葉月は、一瞬驚いた顔をして、急に殊勝な顔になった。 「・・・ごめん。迷惑ですよね。私、帰ります。」 そう言って、立ちあがる。 ジャケットとバッグを手に持ち、玄関の方へ向かおうとして足がもつれる。 転びかけた所を、颯の手が伸び、抱きかかえるような格好になった。 廻した腕から伝わる葉月の身体は、細くて、軽くて、柔らかくて、そして、 煙草の香りがした。 連れ戻して、座布団に座らせると、颯はテレビをつける。 深夜のお笑い番組が、映し出された。 「別に、泊まってっても、構わないから。オレは、このまま起きてる。」 葉月と目を合わせずに、ぶっきらぼうに呟く。 「そっちに布団敷いてあるし、よかったら使えばいい。」 「・・・ありがと。」 そのまま、何も喋らないまま、颯は首が痛くなるまでテレビの画面を見つめていた。 ふと、葉月の方を見ると、コタツに突っ伏して、寝息をたてている。 なんちゅう、無防備なんだ、こいつは。 半ば呆れながらも、少しホッとした。 風邪をひかれても困ると、葉月を抱きかかえて隣りの布団のある部屋に連れて行く。 このまま、朝まで寝てるだろう。 葉月を布団の上に降ろすと、「・・・ん。」とすこし呻く。 その声が、なんだかなまめかしく、少しの間、動けずにいた。 身体の下になった腕を引き抜こうとした瞬間、 葉月の腕が颯の首に廻された。 「・・・行かないで・・・」 身体が近すぎて、葉月の顔を見ることができない。 くそっ、敬治さんと間違えてんのか。 手を振り払うことも出来ずに、じっと顔を葉月の肩に埋めていた。 自分の心臓の音と、目の前の女の息遣いだけが、耳に響いている。 いつの間にか、葉月の腕からだらりと力が抜けた。 ふぅと大きく息を吐くと、颯はゆっくりと身体を離す。 すっかり、硬くなった首をぐるりと回し、布団を掛けてやった。 音を立てないように部屋を出る。 すっかり終わっているテレビを消すと、飲みかけの ビールを一気に飲み干した。 気の抜けたビールは、いつまでも颯の喉にまとわりついていた。
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