第1章 東風 ~彼女は煙草の香り~

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いつのまにか眠ってしまったらしい。 シャワーの音で目が覚めた。 空が白んでいる。 時計を見ると針は五時半を指している。 葉月の寝ている部屋はドアが少し開いていた。 きちんと布団がたたまれ、葉月の姿はなかった。 あいつ、勝手に風呂まで入りやがって図々しい。 用を足したくなって、風呂場の横のトイレに向かおうとしたら、 丁度出てきた葉月と鉢合わせした。 脱衣所なんてたいそうなスペースは無い部屋だから、 服をひっかけたような格好で、出てきた。 濡れた髪と、少し開いた胸元から、慌てて目を逸した。 「あ、高村君、起こしちゃいました?シャワー借りました。」 石鹸の香りが、鼻をくすぐる。 颯は、なるべく近寄らないように、葉月を避けてトイレに向かう。 「あ、高村君もシャワーですか?」 と、くっつきそうな程すぐ側で聞いてくるので、 「しょんべんっ!」と大声で答えた。 無駄にゆっくり時間をかけて、トイレから出ると、 葉月は身支度を済ませ、正座していた。 「お世話になりました。」 両手をついて丁寧にお辞儀をする。 髪はまだ濡れたままだ。 「髪、乾かしてけよ。」 「あ、大丈夫です。これくらい。」 「風邪ひくだろ。そんな頭で外でたらっ。」 普段使いもしないドライヤーを洗面台の下から出してきて、 葉月に向って放ってやった。 「あ、ありがとうございます。やっぱり、高村君、優しいですね。」 ふふっと、葉月が微笑む。 「うるせー。」 なにが、やっぱりだよ。 葉月が髪を乾かす間、 台所で、何をするでもなく、黙って待っていた。 カチッとスイッチを切ると、急に部屋が静かになった。 ドライヤーが片付ける音が響く。 葉月はおもむろに立ち上がると、 「ほんとに、ありがとうございました。このお礼は、ちゃんとしますから。」 やけに、スッキリした顔でお辞儀をする。 横をすり抜けて、玄関へと向かう葉月に、颯は無性に腹がたった。
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