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見上げる空は、どんよりと重たかった。
霧のような、小雨が顔にかかる。
杉崎は行ってしまった。
都心の大学で、講師としての新しい生活をスタートを
切っていることだろう。
最後に杉崎と会ったのは、彼の送別会の時だった。
葉月が自分から別れを切り出してから、初めて顔を合わせた。
「元気でやれよ。」
「敬治さんも。」
それが最後に交わした言葉だった。
拍子抜けするほど、呆気なかった。
今、思い出しても、笑ってしまう。
こんなものなのだろうか。
******
講師の話がきたと、杉崎から聞かされたのは、
年明け最初のゼミの準備に追われてた時だった。
田舎の土産を手渡し、
年末年始に杉崎が帰省していなかったことを知る。
「本当ですか?」
あまり感情を表に出さない杉崎が、素直に喜んでいた。
「ああ、この間、話を聞いてきた。」
「すごいですね。」
「工藤教授の口添えあっての話だが、
オレはこのチャンス、掴みたいと思っている。」
「おめでとうございます!」
葉月は自分のことのように嬉しかった。
ふと、これからはそう頻繁に会えなくなることに気づいた。
少しだけ顔が曇ったのを気どられまいと
笑顔を作る。
杉崎は、そんな葉月の様子を気にもとめず、話を続ける。
「・・・という訳だ。おい、葉月、聞いてるかぁ?」
「あ、はいっ。聞いてますよ。ほんと、よかったですね。」
「今の所からじゃ、通うのが大変になるし、引っ越しを考えてる。」
「え?」
急な話だが、それも仕方のないことなのだろう。
「じゃあ、これから部屋探しとか、忙しくなりますね。」
「あぁ、それが、大学の・・・方で、
紹介してくれた部屋があってな。そこに決めようかと思っている。」
葉月は、自分が知らない所で進んでいく杉崎の話に、
少しだけ焦りを感じた。
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