第1章

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痛くはないが、二日酔いで怠い身体にはそうとう答えた。相手は午前中、ずっと寝ていた熊もとい、母だ。 「口先だけはいっちょ前だけど、まだまだだね」 身悶える私を放置して、母は美味そうにカップヌードルを食べていた。このやろうと雑誌で背後から襲いかかったけれど、さっと振り返った母は持っていた箸で雑誌を受け止めつつ、もう片方の手で私の喉仏を思いっきり人差し指と中指でついた。おうっ!? 二度目の撃沈。 「ハハハハ、母は強し!!」 お前、何者だよとは言えなかった。それから数日間、母は私の家に居着いた。パタパタとスリッパを鳴らして部屋中を駆け回り、あれこれ掃除や洗濯をしていく。うっとうしくて喧嘩になるのに、一度も勝てない。こっそり遠くから輪ゴムで狙撃してみたけれど、華麗に避けた母は、いつ作ったのか完成度の高い、割り箸鉄砲で輪ゴムを連射、あえなく撃沈、三連敗。 四度目、寝ている母の顔に落書きしてやろうと布団をめくったら、そこには巨大な人形、振り返ったときにはにっこり笑う母と、コント番組でありそうな、真っ白なパイを片手に持ち、私の顔に叩きつけた。四連敗。 だったら、買い物に行く前にこっそり財布からお金とお札をき取っておいたら、私の財布が消えていた。五連敗。 諦めずに風呂に入った母の着替えを隠してみたら、全裸で部屋をうろつくので、六連敗。 わざと家の外に追い出してみても、道路で一人、カラオケを始め、七連敗。あれやこれやと悪戯合戦を初めて、一週間、母は帰らない。帰る気配がない。今日もゲラゲラ笑いながら、テレビ番組を見ていた。相変わらず、この人は他人のことは気にかけるくせに、自分のことは話そうとしない。無駄に要領よくて、何でもそつなくやっていくこの人は他人を頼ることがとても下手だ。私はため息をついて、言った。 「父さんと喧嘩でもしたの?」 「……………………してないし」 「嘘つけ、めっちゃ動揺してるじゃん」 リモコンを持つ手がガタガタと揺れていた。わかりやすい。 「私は悪くないよ。知らなかっただけよ。お父さんの楽しみにしてたプリン、食べちゃうなんて、わからなかっただもん」 もんって、若作りにも限界があるし、可愛くない。本気で家出する母もそうだけど、きっと父も意固地になってるのだろう。やれやれと肩をすくめた。 「とにかく、今度、三人で食事にでも行こうね」 と言った。
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