89人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
しかし少なくとも、こんなことが公になれば、一つの店を構える事業主としての立場にも、何らかの影響が出てくるに違いない。
せっかく自分の手で、店を大きくしてきたのに、それが全て水の泡になる。店は百合子にとって、人生そのものなのだ。店を守るために、彼女は離婚までしているのだから。
和彦は百合子の肩を抱いてやった。
小一時間の沈黙があった。和彦も百合子もそれぞれにいろんな事を考えていた。
百合子がソファから腰を上げたのは、9時少し前だった。
「あたし、やっぱり警察へ行くわ」
意を決したように百合子が言った。そして和彦の顔を見下ろしてさらに言った。
「あたしはあなたの車に乗っていただけだから、大した罪にはならないわ。逃げたのはあなたなんだから」
それを聞いて和彦は顔色を変えた。
「ちょっと待て。それじゃ俺はどうなる」
「知らないわよ。だからあの時、警察に届ければよかったのよ。こんな事で、あたしまで巻き添えを喰うのはごめんだわ」
百合子はそう言うと、バッグを手に取り、入り口に向かって歩き出した。和彦が後ろから、百合子の腕を掴んで引き止めた。
「放して!」
「待て、待ってくれ。もう少し話し合おう。な」
「何を話すの?これ以上話しても何も解決しないわ。警察に行くのが一番よ。こんな不安を抱えたまま一生生きていくなんて、あたしにはできない」
百合子は和彦の腕を振りほどこうとした。
そこで二人は押し問答になった。和彦は百合子の体を突き飛ばした。百合子は勢いあまって、テーブルにぶつかり、
床に落ちた。その時、テーブルの上にあったテレビのリモコンスイッチに手が触れた。
リモコンの電源が押され、テレビがついた。
画面にアナウンサーの顔が映し出された。ニュースをやっていた。
和彦も百合子も、それには目もくれていなかった。
最初のコメントを投稿しよう!