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翌日、朝起きると、和彦はすぐに新聞を見た。昨夜の事故が載っているかどうかを確かめるためだった。
そのせいで夜は一睡もできなかった。胸の鼓動が高鳴り、眠るどころではなかった。
隅から隅まで、新聞の記事を見渡した。事故の記事は、どこにも載っていなかった。
だが、そんなことは和彦を安心させる材料にはならなかった。あの男が死んでいるとすれば、朝になっても死体が発見されないはずはないからだ。道路のど真ん中に倒れている死体なのだ。
それならもしかして……。生きている、ということはないだろうか。
あの後、ひょっこりと起きあがって、多少怪我はしているものの、歩けないこともなく、そのまま家に帰っていった。
今思えば、あの男は、和彦が車で通りかかったときには、すでに道路に横たわっていたのだ。それは間違いない。酔っぱらってそこに寝てしまったのだろう。
男は頭を右に向けて、和彦の行く手を塞ぐ形で真横に寝ていた。
あの時、車は男の上を通って、バウンドした。タイヤが跳ね上がったのは左側だけだ。右側は上がっていなかったのじゃないか。
もしそうなら、男は車に対して、ほぼ真横に寝ていたのだから、脚だけを踏んだ可能性は十分にある。つまり頭も体も
踏んでいないのだ。怪我も大したことはない筈だ。
だがしかし、本当に右側は跳ね上がっていなかったのか。わからない。思い出せない。両側が弾んだような気もする。つまりそれは脚と一緒に頭も踏んだということになる。
もう一度考えてみた。あの時、自分の体が弾んだかどうかだ。右側にいる自分の体が……。
百合子の体は弾んでいた。それは思い出すことができた。肝心なのは自分の体がどうだったかだ。わからない……。
急に男の姿を見つけて、気が動転してしまったのだ。そのことは全く覚えていない。
それに決定的なことが一つあった。男が頭から血を流していたことだ。酔って転んだだけなら、あんなに大量に血は流れない。
やはり、俺が轢き殺したのか……。
「どうしたの?」
横から美佐子が声をかけてきた。
「新聞見たまま、ぼうっとしちゃって。早くしなくていいんですか」
素っ気なく冷ややかな言い方だった。子供たちの進学問題以来、美佐子は和彦に対してずっと溝を作ったままだった。
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