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「わかった。いつものホテルで落ち合おう。七時には行けると思う。先に部屋で待っててくれ。また電話する」
「なるべく早くきてね……」
百合子はそう言って電話を切った。
恐いのは和彦も同じだった。
午後からの打ち合わせは、和彦の焦りに拍車をかけるように、いたずらに長びいた。
終わったのは夕方の五時半だった。和彦が打ち合わせ後の残務整理をして、ようやく会社を出た時は、六時を過ぎていた。
夕方のラッシュに巻き込まれて、ホテルに着いたのは七時半だった。
部屋に駆け込むと、百合子が飛びつくようにして抱きついてきた。
「遅いじゃないの!」
「すまん。これでも急いで来たんだ」
和彦は百合子の腕をほどいて、ソファに促した。二人でソファに掛けると和彦が口を開いた。
「店の方は大丈夫だったのか」
「それどころじゃなかったわ。事故の事が気になって……。お店の子に気分が悪いからって、早退してきたのよ。ほんとに倒れそうだったのよ」
百合子はそう言って、頭を抱えた。
「わかってる。俺も同じだ。仕事が手につかなかった。何とか会議だけは無事に終わらせたが……」
百合子は横から和彦にしがみついていた。和彦も百合子の背中を抱いてやった。そうしていると、百合子の体の震えが伝わってきた。女手一つで店を築いてきたわりには、臆病な女だと、和彦は思った。
「ほんとに、どうするつもり……」
和彦の胸に顔をうずめたまま百合子が言った。
「決まってるじゃないか。このまま逃げ切るしかないさ」
和彦は言いながら、立ち上がって、部屋に備え付けの粉末コーヒーを淹れ、一つを百合子の前に置いた。
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