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「そんなこと無理よ。警察は血眼になって犯人を捜すわ。タイヤの後から車種を割り出すって言ってたわ」
百合子は和彦が淹れたコーヒーには目もくれなかった。
「俺の車はどこにでもあるタイプだ。判りゃしないさ」
「だけど、あなたのところへ来るのは時間の問題よ。アリバイを調べられたらすぐにわかるわ。なんて言うつもり?」
「大丈夫だ。会社で仕事をしていたことにするよ。よくあるんだ。会社で俺一人残って仕事をすることが」
「だって、あの夜はわたしと一緒だったじゃない」
「そんなこと誰も知らないよ。それを知ってるのは俺とお前だけだ」
「でも、誰がそれを証明してくれるの?あなたが会社にいたことを」
「誰もいない。俺一人で仕事をしてたんだから」
「それじゃ、だめじゃない」
「大丈夫だよ。それが嘘だって証拠もないんだから」
「そんなの無理よ。すぐに見破られるわ」
「おい、落ち着け。よく考えてみろ。俺と同じ車が、都内だけで、何台あると思ってるんだ。それら一人一人に全て、完璧なアリバイがあると思うか」
「それはそうだけど……」
「むしろ無い方が自然だよ」
「やっぱり、あの時逃げないで、警察に届ければよかったのよ」
「まだそんなこと言ってるのか。そんなこと今さら言ったってしょうがないじゃないか」
「何がしょうがないのよ。あなたが逃げたりするから、こんな事になったのよ」
「お前だって、最後は俺に従ったんだぞ」
「あなたが走り出したからじゃない!」
百合子は何かを言いかけて、急に泣き出した。和彦は声をかけてやることもできなかった。
考えてみれば、百合子の気持ちも分からないでもなかった。彼女にしてみれば、たとえ自分が運転してなかったとしても、その車に同乗していたのだ。それはすなわち共犯と同じ感覚なのである。死にかけている人間を、放っておいて、一緒に逃げたという意識はあるだろう。警察に捕まったとしても、実際にはどういう処分になるかは判らない。
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