第1章

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虹村春子(ニジムラ、ハルコ)にとって、子供という生き物は宇宙人と遭遇することと同じだった。正直に言うと何を考えているかわからない。何をするかわからない。こちらの常識が通用しないし、すぐに泣きそうになる。だから、虹村春子にとって自分の子供や夫は不要だと思っていた。もともとバリバリの仕事人間の彼女には、恋愛や彼氏といったことはいらない。自分にとって不要品だと思っていた。いらない物は切り捨てる。そんな彼女のスタイルは、周囲の同僚からは仕事って文字が服を着て歩いてる感じと揶揄されるほどだ。 (なんでこんなことになったんだっけ?) 虹村春子は大きな空を見上げながら、内心で呟き、少し視線に下げるとクリッと大きな瞳を虹村に向ける女の子。左右に髪の毛をリボンで止めて、虹村の手をギュッと握りしめた彼女は期待と不安でいっぱいなのだろう。 ことの発端は会社の飲み会の席で、社長の娘を一日だけ預かってほしいという話から始まった。その場にいたのはほとんどは結婚しているか、予定があわず、残ったのは独身で偶然、休日だった虹村一人だけ、相手は会社の社長、上司だ。 プライベートなこととは言え、虹村は部下だ。断れるわけがなかった。 社長の子供は、花見桜(ハナミ、サクラ)という名前だった。とにかく、その場に立ち尽くしていても仕方ないので、虹村のアパートに花見を連れて行く。 期待と不安なのか、あちこちをキョロキョロと見渡しながらも虹村の手だけはギュッと握りしめたままだった。 花見は部屋に入ると、すぐに持ってきたリュックからスケッチブックと色鉛筆を取り出すと、コテンとその場に座り込み、シャッシャッと鉛筆を走らせていく。社長からはおとなしい子供だからと聞いていたけれど、虹村から見た感じでは、おとなしいというより、周囲の出来事に無関心なように感じた。 騒ぐでもなく、甘えてくるわけでもない、ただ、自分のやりたいことに没頭する姿に、親は都合よくおとなしい子供と決めつけるなんて、勝手な憶測を振り払い、虹村も彼女の近くで仕事を始め、三十分。 パソコンを閉じて、花見を見た。来たときと変わらない。ずっとなにかを書いている。 虹村の勝手なイメージでは、子供というのはもっと好奇心旺盛で、遠慮を知らないほうだったけれど、彼女にはまったくそれがないから気になる。無口なのはいいけれど、気分が悪くなっりしたら気づくのが遅れそうで怖い。
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