1人が本棚に入れています
本棚に追加
一日だけ預かる相手とはいえ、相手は子供だ。大人の常識が通用しない。もしも大変なことになったら虹村の積み上げてきた仕事が全て崩壊する。それはマズいと彼女は立ち上がり、花見のスケッチブックを覗き込むようにして、聞いた。
「なに描いてるの?」
と、無理に見ようとはしない適度な距離感を保つ。いきなり呼びかけられてびっくりしたのか花見はパチパチとまばたきして、
「…………チョウチョと馬さん、それとおはな」
蝶と指差し、馬を指差し、そして、
「鼻?」
ハナを指差した。虹村は最初、道端に咲いる花だと思っていたけれど、そこに描いてあったのは、人間の鼻だった。
「ん、鼻」
ん、花ではなく、人間の鼻。なぜ、人間の鼻なのかわからないけれど、描いてあった。そのほかにも飛行機、車、ぬいぐるみが描いてあったが花見は、嬉しそうに鼻の絵を指差した。一番の力作なんだよと自慢するように彼女はんっと頷く。
「どうして、鼻なの?」
「鼻が好きだから、お姉ちゃんのお鼻、とっても綺麗」
出会ってから、よく人の顔をよく見ていると思ったけれど、花見は虹村の鼻を見ていたらしい。子供らしい絵の中に人間の鼻が混じっている。正直に言うなら、のとても不気味だった。
花見はやはりジーッと虹村の顔を見つめていたが、すぐにスケッチブックに目を落とすとシャッシャッと色鉛筆を走らせていく。
彼女の邪魔になるだろうと、虹村はその場を離れ、目の届く距離に椅子を置いて花見桜の後ろ姿を見つめた。
子供、虹村は嫌いじゃない。ただ、よくわからない。わからないのは、きっと過去の自分と大人になった自分が違うからだ。
虹村は小学生の通信簿にいつも、落ち着きのない騒がしい子供と書かれていた。自覚はなかったけれど、みんなが楽しければいいと思っていた。騒がしくて、バカなことばかりしていればみんなに好かれるのだから、それでいいと感じていたが、それが許されるのは小学生まで、中学生になり、きっかけは、
『俺、お前みたいな騒がしい女、嫌いなんだよ』と虹村にとって初恋であり、衝撃の事実だった。
子供として許されても、女の子としては許されない。初恋は実らない。失恋と共に彼女は変わる。
初恋の相手に見返そうと思ったわけじゃない、恥ずかしかっただけだ。今までの自分の言動、行動、言葉遣いなどなど、アホすぎて泣けてくる。思い出すだけで頭をかきむしり、泣き叫びたくなる。
最初のコメントを投稿しよう!