胎動

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 一条。  夜空を駆ける、一枚の巨大な板。現生する日本人にとって、最後の安住の地であるそこは、現地人たちに「ターミナル」と呼ばれていた。  ターミナルの最東端。ものを生み出す力もなく、誰からも求められていない者たちが住まう、通称スラムの一角から、何条もの煙が立ち上っていた。炊事ではない。スラムの人間は、燃料なんて便利なものは持ち合わせていないからだ。スラムにあるもので火がつくのは、家と人間と、片手で持てるくらいの食料だけだ。  人や街を乗せ、空を飛ぶ板――いや、この際は島と表現しても差し支えないだろう――ターミナルは、北緯35度の上空で、西に向かって、地球の自転の2倍の速さで飛び続けている。太陽に追いすがって日は上り、太陽を置いていくことで日は沈む。  西に向かって高速で飛び続けるということはつまり、東の端っこでうっかりすると、そのまま高高度スカイダイビングをすることになる、ということだ。だからまともな神経と、まともな生活力を持っている者は東側に住み着かない。  力のあるものは西に住む。何も持たない者が東に住む。開拓していく力をもつものは、東の開拓を必要とせず、東に住む者は必要な開拓を行う力がなかった。東の端に、高高度を飛ぶ島なのに壁や柵がないのは、ある意味必然のことだった。  それ故に。煙を吐き出すがれきや死体は、吹き付けてきた風に押し流され、遥か下界へと、まるで鋭利な刃物で切り取ったかのような断崖から落下していった。  スラムの焼け跡に、一つだけ少年の死体が残る。腹から下が吹き飛ばされ、残る上半身も焦げ付き、顔も真っ黒に炭化している。  熱せられた筋肉が縮む。少年の口が、透き通った夜空に向かって、壊れかけの機械のように軋みながら開いた。口から蒸気が漏れる。 「ざまあみろ」  死体が嗤った。  全て流された夜空に、一条だけ煙が残る。  この日、ターミナルの東の果てに、生きた人間は一人も残っていなかった。だから当然、気づいた者は一人もいなかった。  焼け焦げた眼窩の奥で、炭がひび割れるのを。そして、そこから真新しい眼球が生えてくるのを。  一条。また、一条。  くぼみから、滴があふれ出す。
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