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海の深い深い底。
そこに、わたしは住んでいる。太陽の光が届かない代わりに、いくつもの珊瑚礁が光を放ち、わたしの……わたしたち人魚の住処は、淡い光に満ちて、幻想的な輝きを見せるのだ。
海の外の世界は見た事がある。
母さんは、人間たちの世界に憧れて、美しいと評判だった声と引き換えに、人間の姿を手に入れたという。
人間の世界は、そんなに良いものだろうか?
確かに、海上に出て空を眺めるのは好きだ。
夏の突き抜けるような青空も良いし、夜の漆黒の空に星が瞬いているのも好き。
1番好きなのは、夕暮れ時に、海一面が茜色になっている時。
でも、そんな物は人間にならなくても眺める事が出来る。
木々のざわめきや、渡り鳥たちのさえずり、風の音、それから、海の中から見る太陽の日差し。これら以上に魅力的な物が人間たちの世界に存在するとは思えない。
それなのに、母さんは何を思って1世紀も生きられない人間なんかになる事を望んだのだろう。
……孵化すらしていない、わたしを遺して。
やめよう。こんな事を考えるだけ無駄だ。
それより、そろそろ夕暮れ時。せっかくだから茜色に染まった世界を見に行こう。
徐々に紫色に変わり、漆黒の闇へと変わる様は本当に絶景だ。
そうと決まれば、お祖父様に見つかる前に出発しなければ。
お祖父様は、わたしが海上へ行くのを酷く嫌っている。
母さんの1件があるから、余計に娘のわたしが妙な事を言い出すのではないかと、気が気ではないのだと思う。
でも、わたしは人間になりたいなんて馬鹿な事は思わない。
だって、人間になる選択をし、結局は泡となって消えてしまった母さんの生き方を、わたしが1番軽蔑しているのだから。
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