翡翠

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海面へ近づくと、水の中からでも世界が茜色に染まっているのが分かる。 海上に顔はまだ出さず、まずは海中からの世界を楽しむ事にした。 仰向けにゆらゆらと泳ぐと、茜色の世界がキラキラと揺れ、本当に綺麗だ。 ここが、わたしの、世界。 ただ波に揺られて、力を抜いて海という存在に身を任せて、漂う。 こんな贅沢は、人間には出来まい。 この母なる海に身を預けられるのは海で生まれ、海で生きて死んでいく者の特権だ。 ひとしきり海中からの景色を楽しみ、ようやくわたしは海上へと顔を出した。 空も海も人間たちの街も、優しい茜色に染まっている。 この景色が、とても好きだ。 優しくて、暖かい色。 わたしは母親の顔も知らないけれど、周りのみんなを見ていると、母親から注がれる愛情という物は、こんな風に優しくて暖かい物なのだろうな、と思う。 茜色が少しずつ影を落とし、薄い紫へと変わっていくのを見つめていると、吐息が漏れる。 15歳になり、海上に出れるようになってから2年。 この景色を見るのが今では楽しみになっている。 特に今日の夕焼けは一段と綺麗で、わたしは調子に乗っていたのだと思う。 いつもは完全に暗くなってからしか行かない浜辺に、まだ完全に夕日が沈みきる前に訪れてしまった。 警戒心なく、水面を泳ぎながら、歌を口ずさむ。 小さい頃から、伯母たちに聴かせてもらった優しくて、でもどこか切なく哀しいメロディー。 「誰か、いるのか……?」 本当に油断していたのだと気づいたのは、そんな声が聞こえた時だった。 振り返ると、桟橋に、人間が立っていた。 それまで高揚していた気分が、一気に氷点下まで下がった。 その人間は、こちらに気づいて呆然とわたしを見ている。 考えている暇はない。 ずっと昔、人間たちは人魚の血肉が不老不死の妙薬になると信じ、沢山の人魚を乱獲し、多くの仲間が殺されたとお祖父様が言っていた。 わたしは間を置かず急いで水に潜り、海底へと向かう。 その際、「待ってくれ」という言葉が聞こえた気がしたけれど、それを振り切り、わたしは怪物から逃げるように住処へと急いだ。
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