茜色の逢瀬

4/8
前へ
/42ページ
次へ
あの人間を助けてから3日が経った。 この3日間は自重して、海面付近には行かなかった。 あの人間を助けた時に、腕の鱗が傷ついていて、それを癒やすため、という意味合いもあった。 とりあえず、少し間を置いたし、今日は海上へと行ってみよう。 決して、あの人間が心配だからではない。まぁ、あそこまでしてやったのだから、生きていればいいな、とは思わなくはないけど。 いつもの通り、夕暮れの時間を狙って海面へと向かう。 深海にいると、地上の天気がわからないから、茜色の世界が見られるかどうかはわからない。 一応、用心のために入江から離れた場所に、そっと顔を出す。 すると、例の桟橋に人影が見えた。 遠くて良くわからないが、あの時の人間……のような気がしないでもない。 近づくのも躊躇われて、ただひたすらその人間の動向を観察する。 時々辺りを見回したり座ったりしていたが、空が紫に変わる頃、その人間はようやく腰を上げ、何かを足元に置くと入江を後にした。 それから暫く様子を見ていたが、あの人間が戻って来る気配はない。 わたしは、そっと桟橋に近づき、あの人間が居た場所を覗き込んでみる。 そこには、『助けてくれて、ありがとう』というカードと共に、キラキラと輝く石が置いてあった。 「きれい……」 光る珊瑚とも、真珠とも違う。もしこれを、太陽にかざしたらどれだけ美しいだろうか。 わたしは海底の住処へと戻り、貝殻で出来た宝物入れにその石をそっと入れた。 そして、今日見た人間は、やはり先日助けた少年なのだと気づいた。 生きていたのか。良かった。 その日は、眠るまで何度も石を取り出しては眺めて過ごした。 明日は、早めに海上へ行こう。 そして太陽にこの石をかざしてみよう。 そう決めると、宝物を抱きめるように丸くなって眠りについた。
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

135人が本棚に入れています
本棚に追加