茜色の逢瀬

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ーー翌日。 まだ日が高いうちに海上へ向かう。 今日の目的は太陽の光なのだから、危険を犯してあの入江に行く必要はないので気が楽だ。 幸運にも、今日は快晴。 海全体が太陽の光を反射しとキラキラと輝いている。 わたしは持ってきた石を落とさぬよう気をつけながら、頭上へと掲げた。 「すごい……」 石は太陽の光を一身に浴び、輝く海に負けないくらい煌めいている。 きれいに整えられた形が、更に光を反射するようで、ただ、うっとりとそれを眺め続けた。 これを、大好きな茜色の夕日に翳せば、どれだけ素敵だろう。 そう思いついて、また夕暮れ時に海上へ来る事を決めて、それまでの間、偶然見かけたイルカたちと一緒に泳いだり、大きな真珠貝を拾ったりして時間を潰した。 空が茜色に染まる頃、再び海上に顔を出し、頭上に石を掲げる。 やはりその石は、光を浴びて煌めくように輝く。 「地上には、こんな素敵な物もあるのね……」 ほんの少しだけ、人間たちの世界に母さんが惹かれた理由がわかった気がした。 輝く石を堪能したわたしは、海底に帰ろうかと思ったけれど、何となくあの入江に寄ってみる事にした。 すると、今日も桟橋に例の人間がいた。 もしかしたら、と心の何処かで思っていたのかもしれない。 息を潜めて、バレないように観察する。 また、暗くなるまでここにいるつもりなのだろうか。 そう思ったのだが、彼は屈んで何かをした後、すぐに立ち去ってしまった。 何をしたのか気になるが、まだ近くに居るかもしれない、と思うと、動くに動けない。 暫く待って、薄暗くなった頃、ようやくわたしは桟橋へと近づいた。 彼が屈んでいた場所を見ると、そこには赤い石が置いてあって、わたしは戸惑う。 これも、わたしへの贈り物なのだろうか? この輝く石は、溺れそうな所を助けたお礼だったのだと思うけど、でも、この赤い石は? わたしは、輝く石で十分満足している。しかし、この赤い石もお礼のつもりなら、持って帰った方が良いのだろうか、と戸惑う。 悩んだ結果、赤い石を受け取る代わりに、真珠貝をその場所に置いて立ち去る事にした。 もうお礼はいらないよ、という意味を込めて。
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