【6】喪失 

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男手が足りなくて困っているだろう、と親切そうに問う相手を、小母はあっさり信じ、天井の雨もりや建て付けの悪い建具の修繕を頼んだ。 善意に底があるとわかったのは、公子小母がいない時に、一気に砕けた様子で、幸子に絡むようになったからだ。 嫌な記憶が頭をもたげる。 この人は破談した婚約者の兄に感じが似ている。折あらば彼女とふたりきりになろうとする。 男が皆そうなのか、私が単に若い女だからなのか。どっちもだろう、と幸子は思った。 学生時代、友人達が口々に彼女の女性的な魅力についてあっけらかんと宣ってくれたことを思い出した。 とてもコケットリーで、男を簡単に籠絡できるだろう、ファムファタールのように、と。 私は、どこに行ってもつまらない男を惹きつけ、つきまとわれるようになっているのか。 私が何をしたというの。 やりきれなかった。 ある日のことだ。 近所の婦人方が寄り合いでそろって出払った時があった。もちろん小母も同行した。幸子も同席することになっていたが、朝、身体がだるくて起き上がれなかった。 「風邪、ひいたのよ。疲れが溜まっていたのね」 小母はおろおろして幸子の額に濡れた手ぬぐいを置いた。 本当にこの人は小さくて可愛らしくて、少女のようだ。彼女を置いて出征した小父は、さぞ心残りだろう、すぐにでも帰ってやりたいだろうに。その小母が、旧知の人たちと集って懇親会を開くのだ。楽しみにして、あれこれ心を配って準備してきた。その思いを無駄にさせたくない。 「行ってきて」幸子は言う。 「寝てれば治るもの。おばさんが帰って来るまでには治すから。安心して私の分も楽しんで来て」 公子小母は何度も念を圧し、振り返りながら出立した。 少し頭がふらつく中、幸子は小母を見送り、床についた。 遠くから、柱時計が時を打つ音がする。 今日はねじを巻いてなかった、いずれ止まるかも知れない。いいか、1日ぐらい時計がなくても困らないわ。時間はラジオの時報に合わせてやり直せばいい。 うとうとし、午睡に微睡んだ時、玄関を叩く音がした気がした。 いいわ、留守だもの、私も出かける予定だったんだから。今日はこの家はもぬけの殻なの。
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