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『逃げろ! 悠!!』
不意に蘇ったのは、洋樹の声だ。
--------何も、考えられなかった。
気づけば、足が勝手に動いて、走り出していた。
どうして。----どうしてどうしてどうして。
震える足を、縺れるように動かして、走る足元に。
いくつもの銃弾が飛んでくる。
哀しみ。戸惑い。怒り。
----何より。
死にたくないという恐怖だけが、体を動かしていたのだと思う。
何度目かの銃弾が、とうとう左足を捉えて、その場に転んだ。
「無駄弾使ったら怒られる」
ポツリとぼやいた男の、動くな、という感情のこもらない声が、真上から。
やけくそでもがいて、振り返ったら。
相変わらずの無表情が、オレを見下ろしていて。
銃口が、オレの目の前。
それでも諦めきれずに。
目尻に溜まった涙を拭いもせずに、男を睨み付けていたら。
「--------お前」
ハタ、と。何かに気付いたように。
目の前の男が、一瞬、顔を歪めて。
くそ、と。口の中でモゴモゴ呟いた男が、オレに向けていた銃口を逸らす。
「……ぇ?」
元に戻ってしまった無表情が、それでも少しだけ苦々しく歪んでいるような錯覚。
オレを無表情に見下ろしながら、何かを考え込む様子を見てとって、ゆっくりと立ち上がる。
油断なくこちらに意識を向けている男が、再び銃口を向ける前に。
近くの部屋に、駆け込んだ。
無駄かもしれないと思いつつ鍵をかけ、カタカタと震え始めた体を抱き締める。
赤い血溜まり。向けられた銃口。冷たくて綺麗な無表情。
狂うかと思う心を繋ぎ止めるのは、洋樹の怒鳴り声だ。
逃げろと叫んだ声が、どうにか正気を保ってくれる。
ぶんぶんと頭を振って、何度もフラッシュバックする血溜まりの光景を振り払う。
生き残る手立てを考えなければ、と思った矢先。
また、ドアに穴が開いた。
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