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お願い、と千宮は少し遠慮がちに
そして、ゆっくりと、
貴子が嫌なら拒絶できるような曖昧な速度で
貴子の頬に伝う涙を手の甲で拭く。
「・・・お願いだから、泣かないで・・・
貴子に泣かれるとつらいんだ・・・」
貴子はホッとしたようにされるまま
彼の節だった手に頬を預ける。
そして、ようやく泣き止み、千宮を見つめる。
癖のあるごわごわした髪の毛を
手櫛で整えたような、適当なセットで
スーパーで買ったような異様なほど
真っ白な、下ろしたてのTシャツを着ている。
それに羽織るジャケットもヨレヨレだけど
色はもちろん、彼の大好きなネイビー。
そして、硬そうに見えるけど
意外に履き心地のいいジーンズ。
全部、全部。
あの時の彼のまま・・・
どんなに偉い賞をとっても
マスコミに騒がれても
千宮は千宮のまま、何一つ変わらない。
その事が貴子の心をホッとさせ、
同時に締め付ける。
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