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別に行商人を信じていない訳ではないが、話された内容があまりに外道過ぎて認められない
認めてしまえば、それは即ちリーシャもその外道の餌食になっていると分かってしまうから
リーシャを大切に思う心が受け入れられない
そんな訳ない…リーシャは領主の館で幸せに暮らしてるんだっ!!そう訴えてくる
でも、同時にそんな自分が村長と重なって滑稽に見えた
最も親しい人に言われて疑った言葉を何故自分は言っているのか
どれだけ言い訳をしようと目を逸らそうと現実は変わらない
俺は怒りで震える心を上手く隠し、夜まで待った
その間、行商人に聞いた領主の館がある町への道程を思い浮かべ何度も願う
彼女が傷付いていない事を…
せめて彼女が生きている事を…
夜───商人が来た事で一時的に余裕が生まれた村人達はまるで嫌な事を忘れるかのように騒いでいた
普段は飲まない酒を飲み、口々に笑い声を上げる
本来は連れていかれた2人の娘達の婚姻を祝う為に頼んでいた物はあっという間に消えていく
本来の目的を忘れ、失ったモノに泣きながらも皆それを必死に忘れようと騒ぐ
その様は見ていて呆れる程に最悪で、最低で───悲しかった
居る筈だった者達がいない…
ただそれだけで、幸せだった筈のこの村は無くなった
今あるのは過去の残し、嘘で造られた仮初めの村
俺が育った、大好きだった村はもう何処にもない
俺の幸せも此所にはない
俺は覚悟を決めて村を背に走り出した
"行くなら死ぬ覚悟を決めなさい"
脳裏に甦る行商人の言葉
全てを知っていながらも教えてくれた事実に気付いたのは最後に言い残したその言葉があったから
俺は一度だけ振り返り
“ありがとう”
そう呟いて二度と帰る事のない故郷に別れを告げた
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