第1章

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初めて入る小さな旅行社の店内には、2名のスタッフがいるだけで客は誰もいなかった。 カウンター席に座っているスタッフ1名、その奥のデスクに1名の男性スタッフがいるだけの小さな旅行代理店。よくある旅行会社のように、たくさんの旅行パンフレットも陳列スタンドもない。 里菜は衝動的に店内に入ってしまったこを少し後悔したが、スタッフの女性に「どうぞ」と席を勧められるまま椅子に腰掛けた。 「あの、特にどこに行こうとか、決まっているわけじゃないんです。ただ、店頭のキャンペーンポスターを見て思わず・・・」 「よかったですね。今日がキャンペーンの最終日なんですよ。しかも残席はあと1名様」 本当によかったですね、とスタッフの女性はさも嬉しそうだった。 最後の1人というのはラッキーかもしれないが、里菜が店内に入ったのは本当に衝動的なことだった。 時期も場所も、何も決めていない。ましてや旅行に行くことすら、決めていたわけじゃない。 会社の昼休みに同期の沙也加から、 「里菜は、夏休みどうするの?」 と聞かれたので、ちょっと考えてみただけだ。 「今年は、どうかなぁ」 まだ、あれから半年も経っていないのに旅行なんかに行くのは気が引ける。 「沙也加は?」 と話をふると、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに夏の予定を聞かされた。しまったと思ったが遅かった。 沙也加はオーストラリアに行くという。しかも婚約者と2人で。互いの両親も公認済みで、来年の夏はハワイで挙式を行う。そのときは家族が一緒なので、2人きりの旅行を今年の夏に楽しもうということになったそうだ。 ハワイと聞いて、ちょっと心がざわついたが、里菜は当分の間はハワイに行かないだろうと思っていた。 沙也加は仲の良い同期の1人だったけと、このときはちょっぴり嫌な女だと思った。 そんなふうに思ってしまう自分自身も嫌で、気分が落ち込んだ。 今年の9月で30歳になる。ぼちぼち結婚のことも真剣に考えなければとも思う。でも、今は彼氏はいないし、しばらくは考えられない。 いればいたでいいけれど、今はそんな気になれない。 でも・・・。 何もかも忘れさせてくれるような素敵な男性が現れたら・・・と、思わないでもない。
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