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好きな人と一緒に旅行ができたら、どんなにいいだろう。
退社後に、そんなことを考えながら歩いていたから、つい「世界中、どこでも5万円。特別キャンペーン実施中!」というポスターを見て、ふらっとこの店に足を踏み入れてしまったのである。
「行ってみたいことろはありますか?」
里菜は、はぁと返すしかなかった。
「それなら、好きな場所はありますか? たとえばもう一度行ってみたいところとか?」
「そうですねぇ。ハワイ島かなぁ」
「何泊にしますか?」
「いえ、だからまだ何も決めていないんです。ただ、ちょっと様子を見ようと思ってお店に入っただけですから」
急ぎすぎる展開に里菜は慌ててストップをかけた。
「ご安心ください。皆さん最初は驚かれますが、大丈夫ですよ。キャンペーンなので、世界中どこでも5万円で行けます。こんなチャンスは滅多にないですよ」
まったく引き下がる様子がない。
「世界中どこでも、どんなホテルでも、何泊でも。しかも、今すぐ旅立てます」
聞き間違いではないかと里菜は怪訝な表情で女性スタッフを見た。
「ここは普通の旅行会社ではないんです。理解しようと思っても無駄です。お店の名前の通りの旅行会社なんですよ」
店内を見渡すと、正面の壁に貼られた横長の紙に書かれている会社名とスローガンが目に入った。『妄想旅行社 いつでも、どこへでも。あなたの夢の旅行を叶えます』
スタッフの女性に目を戻すと、彼女は優しく微笑んでいた。その笑顔からは、とても嘘を言っているとは思えなかった。
こんなのバカげてる。
そもそも5万円ポッキリで、でこへでも何泊でもなんて話はうますぎる。確かにグアム・サイパン・韓国といった近場なら安いプランもあるけれど。
「まだキャンペーン間に合うかしら? 友達から噂を聞いてやってきたんだけど」
ちらと目をやると、いかにもセレブといった風情のご婦人が、キャスター付きのカバンを携えて立っていた。トンボの目玉を連想させるような大きな丸形のサングラスを頭に乗せ、シャツのエリを立てている。
「パリに1ヶ月。ホテルじゃなくて、高級アパートメントがいいわ。そこで優雅に過ごしたいの」
自分勝手にしゃべり始めるセレブ婦人。
よくいるタイプだ。里菜が勤めている銀行の窓口にもよく来る人種。
お金を持っている人間がこの世で最も偉く、それ以外の人間はすべて自分に従うのが当然だと考えている。
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