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「申し訳ございません。キャンペーンは、こちらのお客様を最後に終了いたしました」
スタッフの女性が答えると、セレブ婦人は初めて里菜の存在に気づいたかのように、里菜を一瞥した。
セレブにとって下々の人間は、エキストラ。その他大勢の脇役。主役は私よとでも言わんばかり。
最高に嫌いなタイプ。
「でも、こちらのお客様がキャンセルすれば別ですが・・・」
「いえ、行きます!」
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「それでは出発いたします」
セレブ婦人に対抗するように、勢いで申し込んでしまった里菜は、あれから10分もしないうちに旅行会社の別室に案内された。
ドアを開けると、そこには1人分の座席があった。一瞬、テレビで見たことがあるカプセルホテルのようだと思ったが、座ってみると、まるで飛行機のファーストクラスの座席のような不思議な空間だった。
「いってらっしゃいませ。ご希望通り、すべて手配してありますので、どうぞ心ゆくまで妄想旅行をお楽しみくださいませ」
ドアが閉じられて、考える間もなく、体に振動が伝わってきた。
体が浮き上がる感覚に包まれたかと思うと、またたく間に記憶が遠のいた。
どれくらい眠ったのだろう。疲労感はなく、熟睡した後のような気分。青い目をした女性の客室乗務員に促されるままドアへ。
通路を歩いて行くと、そこはまぎれもないハワイ島の空港があらわれた。
3年前に来たときの記憶がうっすらと蘇る。
空港の外へ出ると既にリムジンが待っており、そのままホテルまで連れて行ってくれた。
「島田里菜さまですね。お待ちしておりました。お部屋は202号室です。お連れの方は、すでに到着していらっしゃいます」
フロントのスタッフは、すべて心得ているという様子で里菜を迎えた。
202号室。ドアをノックする。
「おう。遅かったな」
聞き慣れた声が部屋の中から聞こえてきた。
内側にドアが開いた。
「パパっ!」
いたずらっこのような笑顔を見たとたん、涙が勝手に溢れ出してきた。
とめどなく。
何リットルもの涙が溢れ出てきた。幼稚園児にでも戻ってしまったように、里奈は声を出して泣きじゃくった。
「さあ、部屋に入ってくつろぎなさい。すごく気持ちいいぞ。3年前に家族で来たときと一緒だ」
3年前。パパとママと3人で、ハワイ島のこのホテルにやってきた。
証券会社を定年まで勤め、その後、関連会社の役員になる前に、
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