第1章

4/8
前へ
/8ページ
次へ
「申し訳ございません。キャンペーンは、こちらのお客様を最後に終了いたしました」 スタッフの女性が答えると、セレブ婦人は初めて里菜の存在に気づいたかのように、里菜を一瞥した。 セレブにとって下々の人間は、エキストラ。その他大勢の脇役。主役は私よとでも言わんばかり。 最高に嫌いなタイプ。 「でも、こちらのお客様がキャンセルすれば別ですが・・・」 「いえ、行きます!」 **************************************** 「それでは出発いたします」 セレブ婦人に対抗するように、勢いで申し込んでしまった里菜は、あれから10分もしないうちに旅行会社の別室に案内された。 ドアを開けると、そこには1人分の座席があった。一瞬、テレビで見たことがあるカプセルホテルのようだと思ったが、座ってみると、まるで飛行機のファーストクラスの座席のような不思議な空間だった。 「いってらっしゃいませ。ご希望通り、すべて手配してありますので、どうぞ心ゆくまで妄想旅行をお楽しみくださいませ」 ドアが閉じられて、考える間もなく、体に振動が伝わってきた。 体が浮き上がる感覚に包まれたかと思うと、またたく間に記憶が遠のいた。 どれくらい眠ったのだろう。疲労感はなく、熟睡した後のような気分。青い目をした女性の客室乗務員に促されるままドアへ。 通路を歩いて行くと、そこはまぎれもないハワイ島の空港があらわれた。 3年前に来たときの記憶がうっすらと蘇る。 空港の外へ出ると既にリムジンが待っており、そのままホテルまで連れて行ってくれた。 「島田里菜さまですね。お待ちしておりました。お部屋は202号室です。お連れの方は、すでに到着していらっしゃいます」 フロントのスタッフは、すべて心得ているという様子で里菜を迎えた。 202号室。ドアをノックする。 「おう。遅かったな」 聞き慣れた声が部屋の中から聞こえてきた。 内側にドアが開いた。 「パパっ!」 いたずらっこのような笑顔を見たとたん、涙が勝手に溢れ出してきた。 とめどなく。 何リットルもの涙が溢れ出てきた。幼稚園児にでも戻ってしまったように、里奈は声を出して泣きじゃくった。 「さあ、部屋に入ってくつろぎなさい。すごく気持ちいいぞ。3年前に家族で来たときと一緒だ」 3年前。パパとママと3人で、ハワイ島のこのホテルにやってきた。 証券会社を定年まで勤め、その後、関連会社の役員になる前に、
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加