第1章

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「少しは羽を伸ばしたい」と言って3人でハワイ島を訪れた。 「仕事一筋で頑張ってきたんだから、自分へのご褒美だ。少しぐらい贅沢してもいいだろ」 と、あまり乗り気ではないママを強引に連れ出した。 パパはいつもそうだった。 こうと言い出したら、誰の意見にも耳を貸さない。 頑固もので、わがまま。 今では珍しい亭主関白。 一端怒り出すと、家族の誰も口を挟む余地がない。 里菜は、そんな強引さに反発することもあったが、今となってはそんなことはどうでもいいと思える。 3年前にハワイ島に来たのは、本当は自分のためではなくママのためだと里菜は知っていた。 元気のないママを喜ばせたいから、ハワイ旅行を計画したのだ。 その頃、里菜の2つ上の兄が離婚した。 2歳になる子どもと嫁を残して、外につくった女のところへ行ってしまったのだ。 それもある日突然、たった1枚の書き置きを残して。 そんな別れ方をしたものだから、先方の両親は激怒し、ママとパパは二度と孫に会えなくなってしまったのだ。 もちろん里菜も、かわいい甥っ子に会えなくなってしまった。 そのことで、一番悲しんだのはママだった。 かわいい初孫に会えなくなってしまった悲しみは、端から見ていてもつらさが伝わってきた。顔では笑顔を見せたが、どこかに悲しみが残っている表情だった。 それに加えて、自分の息子にも会えなくなってしまったことも悲しみを倍増させた。 理不尽で無責任な行動をした自分の息子を、パパが勘当したからだ。 「二度とうちの敷居はまたぐな!」 パパは感情に任せて怒鳴って以来、電話の一本のやりとりすらなくなった。 ママの悲しみは倍になった。 そんなママに元気を出してもらいたいと思い、3人でハワイを訪れた。 どこまでも陽気な国。さらっとした空気に、澄み渡る青い空。 人の過ちも、自分の過ちも許してくれるような場所。 心の中の靄を消し去り、軽くしてくれる。 ハワイなら、きっとそんな気持ちになれる。 「ママは連れてこなかったのか?」 ふと思い出したようにパパが言った。 そこまで気が回らなかった。 そもそも最初から妄想旅行など信じていなかったし、あまりにもすべてが突然のことだったからだ。 ふらっと立ち寄った小さな旅行会社。 嫌みなセレブ婦人がやってきて、対抗心からつい申し込んでしまったハワイ島への妄想旅行。
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