旅猫の旅の出発

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 ぼくは旅猫。  自分でそう名乗ったつもりはないのだけれど、どうやらぼくのうわさを聞きつけた者たちが、ぼくのことをそう呼んでいるらしい。  ぼくにもちゃんと名前はあるのだけれど、訳あって本当の正体を隠しながら旅をしている。そのため、周りは適当な呼び方をこさえる必要があったのだろう。現にぼくはあちこちで、通りすがりのものですとか、たびのものですとか言って適当にあしらっているのだ。  それに、一年中旅をしているってわけじゃないのだけれど、どこかひとつの場所にとどまっているときよりも、次の目的地を漠然と目指しながら、風にゆられてふらふら放浪することのほうが多いから、なるほど道行く者たちから見れば、ぼくを専業旅猫として認識してしまうというのもうなずける話だ。  今度の旅は長くなりそうだ。と同時に、急がねばならならない。  サガミ国(人間の世界では神奈川県相模原市一帯にあたる地域)など比較的近くが目的地で、時間に余裕のある旅だったら、いつものようにのんびりと景色や名所を楽しみながらてくてく歩いて旅を進めるのだが、今回は目指す場所がはるか遠くにあり、しかも時間的にせっぱつまっているので、のんびり歩いている暇なんてない。  
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