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その三十路男の新九郎が小首をかしげた。
「茶飲み話がしたくてわざわざ京から備中までの遠路、使いを出した訳ではなかろう」
新九郎は顎を摩った。この髭の薄い荏原の地頭は無精ひげが伸びている訳でもない所を見ると、考えごとの癖なのかもしれない。
新九郎の所属する備中伊勢家が治める荏原の庄は備中の中ほどにある。その備中国主は管領細川氏であった。現在も足利義視の後ろ盾として京に住まう守護大名でもあるのだが、その人物が国主であると言っても、政治が京に近いと言うだけであり地理は京からは遠い。おいそれとは京に向かえるものではない距離なのだ。新九郎が不審に思った原因の一つでもある。
「ともかく太郎、今から家中に号令をかけて上洛の用意をしてくれ」
「はっ」
「それとな、手の者に指図が終わったら、今一度儂の元に戻るように」
「畏まってござる」
太郎は一度、さっと頭を垂れると踵を返して城中に消えて行った。
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