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「いいですか、ともかく異常なことなんです。10万ドルをたった一人が支援してしまった。小口支援が信条のクラウドファンディングが根本ひっくり返されたんですから」
ウズラは言いながら、この男に本当の意味で通じるのかは疑問だな、と思った。イズミは典型的な筋肉バカだ。
「いままでそういった例が無いわけではありませんが、あまりいい結果に結びついたことはありません」
そもそも支援者はネットネームだけで、正体はまだわからないのだ。
「怪しい筋の可能性だってゼロでは無いんですから」
現に実用新案や新分野の研究開発への資金提供が、ブラックマーケットの住人たちの手によって行われ、国を挙げての大問題となったことも一度や二度ではない。ウズラにとっても痛い記憶だった。
波止場近くのレストランで早めの夕食をとりながら、ウズラは新ためてイズミに釘を刺した。
「契約以外のところであなたを守る手段を私は持っていませんからね」
つまりは、実際の暴力には何の効力もありません、ということだ。
「せっかくのディーナーで仕事の話は抜きにしようぜ」
この男に聞かせる説法はない、とウズラは悟った。
「命の危険だってあるってことを覚えておいて欲しいんですよ」
支援を受けた側の人間の主導権を守るのもウズラの仕事だった。
特に主催者が女性の場合、過去には援助をした代わりに交際を迫ったり、まったく関係の無い他人と競争関係にされそうになったり、マネーハラスメントの被害にあったクライアントもいる。命の危険まではいかなくとも、そういったモラハラの被害を受け、夢や信念を踏みにじられてしまった人々は確かにいて、ウズラも昔その中の一人だった。
「自慢じゃねえが、後ろ指指されるようなことは一回もしたことねぇな。薬もやったことねぇし」
どうよ、とイズミが鼻を鳴らす。
「そうじゃありません。お金を出す代わりに理不尽な要求をしてくる歪んだ人もゼロではないということですよ」
「わかってるわかってる。だから直接、調子に乗んなって釘刺しに行くんだろ? な?」
ウズラはオリーブオイルでギラギラ光るフォークを指先で回しながら、
「口の利き方に気をつけて下さい。くれぐれも。そろそろ本気で怒ります。あと、谷間を見るのを今すぐ止めないと、あなたの目ん玉右から順番に突き刺しますよ」
ウズラはさらっと言い放つと、白ワインの残りを一気に飲み干した。
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