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「おはようございます。クラウドファンディングサービス:トゥナからやって参りましたエマ・ウズラ・オーマンです」
受付のコンシェルジュにウズラが名乗ると、最高級の出で立ちのサービスマンが心地よい音楽を聴いているかのように何度も頷くと、「左手のエレベーターより50階へとお昇りください」と清潔感あふれる笑顔を二人に向ける。
「けっ」強制的に着替えさせたスーツを勝手に着崩しながらイズミが早速軽口を叩く。「何気取ってんだよ、あいつはなぁ、痛って!」
「ここからは本当に口の利き方に気をつけてください。あなたの不注意で怪我をするのだけは御免です」
ちぇっそれがクライアントに向ける言葉かよ、昨日はあんなに、とイズミがボヤいているうちにあっという間に50階へと到着する。
扉を開けてくれたのは、高級なスーツに身を包んだロマンスグレーの老紳士だった。
「初めまして、わたくし」と言いかけたウズラを、いえいえ私は執事です。ご主人はあちらの部屋におります、と老紳士は二人を案内した。
長い廊下を抜け、一番奥の扉が開かれると、眩しさに一瞬目が眩んだ。
リビングの壁の左半分がガラス張りになっており、50階からの絶景が広がっていた。そして、部屋の中央に置かれたひときわ大きいソファーの上から飛び降りてこちらに向かってきたアズ・サランが、今回の10万ドルの支援者だった。
「やあ、どうも。それじゃあ、早速済ませてしまおう」
軽い挨拶の後、契約ごとのために設えられたような応接室に通される。
先ほどの老紳士が進み出て、テーブルの上に製本された書類を置いた。「先日のメールでやりとりした内容をこちらで印刷したけど、問題無いよね?」
「あ、はい」「それにしても、クリックひとつで終わるものだと思っていたんだけど。わざわざ来てもらうなんて悪いことしてしまったかな」
ウズラは必死に頭の中を整理しようとしていたが、まったく追いつかず、イズミにおいては完全に白眼をむいて無言だった。
青年の全ての指にはめられた絢爛で重厚な宝石の塊が手を動かすたびに鈴生りに煌めきを散らしている。
「実は父が最近他界しまして。航空事業だとか鉱山事業だとかいろいろなことを引き継いだんだけど、退屈で。今は全てを捨ててここで引きこもりを始めたんです。」
ただ、この指輪たちと執事長はどうしても手放せなくてね。
青年は書類に署名をしながら肩をすくめてみせた。
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