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「若殿様、もう刻限にございます」
「うむ、参ろう。では父上、母上。行ってまいります」
「気をつけるのですよ」
「門を出たら敵は七人だぞ」
「はい」
紫之宮忠左衛門忠信(ただのぶ)は門を出た。
「なぁ、いかにも父上らしいと思わぬか?」
槍持ちの与之助を振り返る。
「何がでございましょう?」
「童でもあるまいに、敵は七人と毎回仰る」
「お殿様は若殿様を大層可愛がられておられますからなぁ。それに…」
「それに、なんじゃ」
「若殿様には常に身辺に御配慮を」
「お前もそんなことを言う。全く、予は童ではないと言うに」
「はい。しかし、ただでさえお目立ちになられますゆえ」
「お前たちがいるだろう」
「背中のは木刀にメッキしてあるだけで、とてもお役には」
ピシッ!
忠左衛門は手にしている白扇を与之助の顔に突きつけた。
「父上には内密だが、予は出掛ける時、常にそなた達には真剣を渡しておるぞ」
「…」
「確かに本来ならば木刀にメッキだ。だがそれでは不慮の時、意味をなさぬ。
常在戦場なれば、身分に関わらず真剣を帯びていなければのう。
いつから家臣を疑い、木刀を差させるようになったものやら」
やれやれ、とため息をつく。
そこへ、ご~んご~んご~ん、と時報の捨て鐘が聞こえた。
「やや、少々急ごうか」
「はい」
与之助は前へ向き直った忠左衛門をそっと見る。
「ため息つくのはこちらですよ。
背も高いし顔立ちが良く、お金持ちの直参の若殿様とあっては、
嫌でも目立つ…」
困ったことに、与之助の言う「ただでさえ目立つ」というのは本当だった。
忠左衛門は長身容姿端麗、所作言動や雰囲気も優雅なため、昌平坂学問所内でも
「美男子・忠左姫」として密かに人気、有名だった。
外を歩いたり騎乗していると、通り過ぎる老若男女の大半が振り返って見るほどだ。
呆(ほう)けた顔をして見ている者もいたりする。
知らぬ存ぜぬは当の本人だけであるから、いいような悪いような…。
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