~父の名代~

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夕刻。 学問所の門の外に、忠左衛門が出てきた。 近くに与之助たちの姿をみとめたようだ。 「与之助!終わったぞ」 「お疲れでしょう。如何でございました?」 「今日はイカどもがうるそうての」 「また戦(いくさ)でしたか。して、首尾や如何(いか)に…」 「どう見る?」 「う~む…。何で戦ったかにもよりましょう」 「大学の解釈じゃ」 それでしたら、と膝を叩く与之助。 「なれば間違いなくタコの勝ちにございましょう」 「その心は?」 「そりゃあ、わかりますとも。我らが若殿様がおられますからな!」 「それは買いかぶり過ぎというものじゃ。上には上がおる」 「な~にを仰る。それは教授の方々にございましょう」 「ハハハ、ばれたか」 屋敷まで機嫌よく帰る一行であった。   「父上、母上。紫之宮忠左衛門、只今帰りました」 「今日はいかであったか」 「忠左衛門、お帰り」 「与之助か。何か言いたそうじゃの。よい。直答を許す。なんじゃ?」 「お殿様、今日はイカと大学の講釈の戦があったそうで、当然のことながら、 若殿様は大勝利にございます」 「よくやった!それでこそ我が息子じゃ。夕餉は酒でも飲むか。はっはっは」 「そうですね。忠左衛門、褒めてあげますよ」 両親は5千石という大身・直参旗本の当主夫妻として、我が嫡子の聡明さを 目を細めて喜んだ。 「父上、母上、お褒めの言葉、嬉しゅう存じます」 ちなみに、イカとは直参の二百石以下(大半はお目見え以下)の家の生徒たち。 タコとは直参で御目見以上の二百石以上の家の生徒をいい、何かと犬猿の仲のお互いへの蔑称でもあった。
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