~父の名代~

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― それから数日後 ― 「若殿様」 忠左衛門が自室で唐詩選を読んでいると、用人(家老)の田中吉信が来た。 吉信は用人格若殿様付で忠左衛門の側近なのだが、家老大元締たる父が病床にあるため、名代として用人を兼任している。 ゆえに用人にしては年若く、忠左衛門より二つ年長なだけの24歳。 吉信も忠左衛門と同じく、長身で容姿端麗、頭脳明晰。 ちなみに二人とも運動神経抜群だ。 起居を共にする(側近ゆえ)忠左衛門の良き友であり、兄代わりでもある。 「なにごとか」 「はっ。お殿様から言伝にございます」 殿様ではなく、「お」殿様とな?やけにかしこまるのう。面倒ごとか? やや警戒しつつ、そっと聞いてみる。 「難儀なことか?」 「…う~ん…」 (なんじゃ、その唸りは。それではわからぬではないか) 忠左衛門は内心、苦笑する。 「近う参れ」 「はい」 後ろ手にそっと障子を閉め、膝行(しっこう)する吉信。 『しかし膝行とはその場で「恐れ多くて進めませぬ」という表現の行動なので、膝でもじもじしてるだけゆえ、そこから動きはない。臣下が主君やかなり上位の上役などに拝する時に使うものだ』 忠左衛門は扇子を口にあて、やや小声で上半身をかがめる。 「立ってよいゆえ、はよう、もそっとこれへ。近う近う」 扇子でポンポンと自分の目の前の畳を叩く。 戸惑う吉信へ「だいじないぞ」とウインクする忠左衛門。 「…では、失礼仕りまして」 吉信も小声で言うと、辺りを伺って確かめたのち、すっと立って目の前へ来た。 「楽に、楽に。予とお主の仲ではないか。堅苦しいのは無しだ」 目で「話せ」と示す。 「お殿様は腰痛ゆえ、駕籠での長旅は医師から止められたんだ。来週の領地視察は若殿様にさせよ、とのことだった」 二人っきりの時だけ友達言葉になるのは、お互いに墓場まで持っていく秘密である。 「なに、医師の差止め?」 「うん」 忠左衛門は首をひねる。 はて、そんなに父上は腰が痛そうには見えなんだが…? というより、痛そうな気配も無いが…? まことか? つぃ、と吉信に近寄る忠左衛門。
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