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「ときに、我が家の領地は遠かったような」
忠左衛門の美しい眉がしかまる。
(たしかに…)
吉信は内心、頷く。
「忠左はお殿様の名代だからな。領民を視察して知っておくのもいいじゃないか」
「お殿様?やけに格式ばるなぁ」
いくら父とはいえ、自分へ以上の父への敬意に、心なしか気に入らぬ様子の若殿様。
忠左衛門の不機嫌な声音を敏感に察知する吉信。
「(問題はそこか?)じゃあ、殿で」
「うん」
「とにかく、年に数回しかない視察。我らは旅がてら気楽に参ろう」
「…」
静けさのなか、扇子を開いたり閉じたりする音だけが響く。
忠左衛門の思案時の癖であった。
不意にパチ!と扇子を閉じるや、ニヤリと笑みを浮かべるのを不審そうに見やる吉信。
「…?(あの目つき、なんとなく嫌~な予感がするが…)」
「よし。では美味なるものは、全てお主の勘定じゃ」
「はあっ!?今、なんと!?」
「食い物は全て吉信の奢りじゃ!ははは」
「ち、忠左!!」
「これで決まりじゃ!急に楽しみになってきたなぁ?」
ルンルンのご機嫌な忠左衛門に対し、当然のことながら、吉信は釈然としない。
「では、もう日が近いので旅の支度を…」
と言うが早いか、それ以上の災難が降りかからぬように、吉信はさっさと下がった。
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