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領地視察の日はあっというまに来た。
駕籠に乗る直前、やはりいつもと同じく父は「門の外に敵七人」と言って送り出した。
横を歩く吉信に、駕籠の中から話しかける。
「吉信」
「はっ」
「父上はかような程には腰痛には見えなんだが?まことか?」
「はい、なんでも医師の見立てではそのようです」
「見立てねぇ。どんな医師なのやら」
ふっ、と軽く笑う。
「はぁ、なんでも御城の奥医師(将軍の医師)だそうで」
「別に将軍家の奥医師だからって素敵にうまいとは限るまいに」
「若殿様に聞こえぬところでは、殿は腰を痛がっておられる時もございますよ」
「なんだと!?」
うーむ、さすが父上。息子の前ではそういう素振りも見せぬとは。
「…今度、針をお勧めして差し上げよ」
「はい」
吉信は、忠左衛門の親思いの優しい心を嬉しく思った。
『この時代、ある程度の旗本・大名以上になると、当主たる父や祖父と嫡子の間柄というのは非常に礼儀的なものになることが多い。名前ではなく「中将殿、~守殿」などと官位や官職などで呼び合ったりするし、ましてや親しく肩を揉むとか、当主の体に触ることも無い。他人行儀なところがあるのだ。それゆえ、気遣った忠左衛門を吉信は嬉しく思ったのである』
「吉信」
「はっ」
「まだ宿には着かぬか?そろそろではないのか」
「左様でございますね。もう、じきに宿場に入りますゆえ」
「うむ」
行く先々で名物や菓子などを奢らされ続けた吉信は、ようやっと出費しなくてよい場所に着く、と密かに安堵の溜息をついた。
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