第1章

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だったら、ぼくの権限で、毎日永森さやかでいられないのか? と考え、ぼくも何度も実践しようとしたが、そうすると、他人格のストレスが蓄積し、頭痛、吐き気、発熱といったかんじで、最悪に具合が悪くなるので無理だということが、幾度にもわたる実験で判明している。つまり、ぼくの中の全員と相談しあったベストの形が、この曜日別制度なので、これについては今のところ変えようがない。 二つ目の理由は、世間に病人という目で見られたくないことだ。そういう認定を受けてしまったほうが、逆に生活がしづらくなるし、進学や就職時だって困るだろう。 人付き合いなんて、それなりの演技で回避可能だし、隠し通せるなら隠し通せたほうが、普通に生きていくうえでは特というわけだ。 三つ目の理由は、ぼく自身が別に治らなくてもいいと思っていることだ。第一、この手の分野で遅れている日本の医療機関に診せたからといって治る保証はないし、治療を名目とした、ていのいい実験材料にされることは目に見えていた。 加えて、小さい頃に父を亡くし、母子家庭だったウチには、どこぞの高級クリニックに通い続けるお金もなかった。 それに、今となっては、ぼくは他の人格達とは、誰よりもわかりあえる友達なのだ。友達を殺すことなんてぼくにはできない。ただでさえ、外の世界では、ぼくには本当の意味で友達と呼べる存在なんていないに等しいのだから。 「よう永森」 東京、杉並区にある私大のキャンパス内を歩いていたぼくに声をかけてきたのは、パーマがかかったミディアムショートの黒髪に、レンズのでっかいグラサンをかけ、アメカジ風の格好をしたチャラチャラしたかんじの男だった。 いわゆる、大学に勉強目的でなく、遊びメインで来ているようなタイプの男。ぼくができるだけ関わりたくないタイプの男。 (同じクラスの男子だろうか?)  人とは必要以上に関わらないようにしているし、入学したばかりで、何十人もいるクラスメートのことなどいちいち覚えてはいない。ぼくは軽く会釈だけして、そのまま校舎に続く桜並木を歩いていった。 「なんだよ。無視かよ」  そう思われてもかまわないから、それでどっか行ってくれればいいのにと思ったが、そのチャラ男は、あろうことか、ぼくの隣に並び、馴れ馴れしく肩に手を回し、ぼくのシャツの間に手を差し込み、いきなり胸のあたりをまさぐりはじめた。
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