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(何? こんな白昼から痴漢?)
普通の女の子であれば、悲鳴をあげて、うろたえたりするものなんだろうけど、あいにく、今日火曜日の主人格、永森さやかであるぼくには性別というものがない。どちらかといえば、どっちに近いという曖昧さすらなく、カタツムリみたいに、雌雄同体、どちらの性別になれるというものでもなく、本当に性別そのものの概念が欠落しているのだ。
体は女なので、一応女の子としては振舞っているが、他の曜日で間接的に感じる、女独自の羞恥心のような感情は湧かない。
「キミね。これって、れっきとした犯罪だってわかる? 今日は冗談ですませてあげるから、もう話しかけないで」
絡まった手を振りほどき、そのまま、相手の顔も確かめず進もうとしたが、チャラ男はそれでもついてくるのをやめず、今度は後ろからジーンズの隙間に手をいれ、お尻のあたりを揉み始めた。
(ええい、もうとりあえず股間を蹴り上げよう)
と思って、足を相手の股ぐら目掛け、思いっきり蹴り上げたが、チャラ男はそれを軽く腕で受け流すと、バランスを崩したぼくの軸足を払って、そのまま地面に転ばせた。
「イタタタタ」
お尻をどすんとコンクリートに打ち付けたぼくは、こっちは何も悪くないのに、すごく理不尽で屈辱的な目にあわされた気分に陥り、半分涙目になって相手を睨んだ。
「なんなんだよ、おまえ。私に何か怨みでもあるの?」
「あるよ」
「え? な…なにさ」
ついつい勢いに任せてすごんでみたものの、まさか本当にあるとは思わなくて、ぼくは相手を睨みつけたまま、首を傾げた。
「俺は昔、おまえに殺されかけたことがある」
「…………あんた、もしかして修平?」
その一言で、ぼくはすぐにピンと来た。
「相変わらずトロイな」
修平はあきれたようにいって、かけていたグラサンをとった。
幾分、声が低くなり、男臭さは増していたものの、その顔は確かに小、中学時代のクラスメート、高宮修平の顔だった。
高宮修平は、母親の他に、唯一、ぼくがこういう体質だということを知っている男だった。ぼくではないけど、月曜日の主人格であるかぐやにとっては、初恋の相手というか、小さい頃、いじめを救ってもらったヒーローみたいな存在でもある。
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