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威嚇しようという意思が感じられたわけでも、声を荒げたりしたわけでもありません。だけど、有無をいわさぬ迫力がそこにはありました。淡々としているからこそ、その言葉が正しいものだという説得力が付属していました。
そこにいたクラスメート達は、小さく返事をしたり、頷いたりしながら、黙々と掃除を続けました。子供ながらに敵に回すべきでない相手の判断はつくのです。それに、よくないことをしているという、後ろめたさのようなものもあったのかもしれません。
「おい、永森。なんで先生にいわねーんだ? チクるなっておどされてんの?」
修ちゃんは、こっちに近づいてくると、机の上に腰掛けて、私の目線の高さに合わせて問いかけてきました。
「あ…ちがっ…心配するから、親が。それに私が変なのは事実っていうか」
「変だからって、黙っていじめられるこたぁねーだろ。今度何かあったら俺にいえよ」
「あ…うん。ありがとう」
その当時、私達の中に明確な人格の区別があったわけではありませんでした。
でも、私がその状況をよく覚えているということは、私の元になった心はその時いたんだと思います。皮肉にも、その時の精神的不安やストレスによって、私たちの自我がそれぞれ確立するきっかけになったのかもしれません。
特に、ほんの短い時間で私の状況を救ってくれたヒーローが現れたのは、私にとっての転機だったといえます。修ちゃんによって、私は命を貰ったのです。私はその時初めて恋という気持ちを知ったのです。
そのことを修ちゃんにいうと、修ちゃんは渋い顔をします。
親父の権力をふりかざしていやな子供だったろ? と自嘲気味に笑います。
でも、私がそんなことを思うはずがありません。修ちゃんは私にとっては、永遠のヒーローなんですから。
だからこそ、部屋に盗撮カメラをしかけるとか、そういうイメージの悪いことはやってほしくないのです。だって、もし、もう一人の私がシャドウだったとしたら、修ちゃんとはあと何回も会えません。顔も見れないし、声もきこえない。傍にいるだけで、こんなにドキドキする心臓の心地よさも、きっと止まってしまいます。
だったらせめて、かっこいいままの修ちゃんの思い出だけを残したまま、さよならしたいというのは勝手な願いでしょうか。
「修ちゃん。授業終わったら付き合ってくれる? 行きたい場所があるの」
「どこ?」
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