鞘火 失われた土曜日  その3

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「そうだね。しばらく行ってないし」 といってぼくは、昔を振り返ってみた。最後に海を見たのは、確か中学2年生の時の移動教室だった。水族館を見学して、レポート提出して以来、4年半ぶりという計算になる。  ずっと、陸に囲まれて育ったせいか、どうしても海が見たいというような自然回帰みたいな心情には、ぼくは一度もなったことがない。だから、休みの日には海に出かけようと選択自体が、ほぼ皆無といってよかった。そりゃ、南国や沖縄のような、透き通るエメラルドグリーンのビーチが、自転車で行ける圏内にでもあれば、一人でもしょっちゅう通いたくもなっただろうけれど。 「でも、一時間ちょいで着いちゃうのもアレだし、江ノ島あたりで昼飯食ってから、富士山の方まで行こうと思うんだけど、どう?」 「いいんじゃない? 海も山も楽しめるし」 「で、明日は朝からパラグライダーでもやってさ、それから富士山の5合目まで行って、帰りに夕方の海にでも寄ってってかんじで」 「へぇ、なんか明日のほうが楽しそうだねぇ。ぼくも半分は楽しめるからいいけど」 「そういやさやか、昨日はぜんぜん酔わなかったの?」  赤信号で停止している最中、修平はウインカーを左に出してから、思い出したようにいった。 「ぼくは平気。副人格にいる時は、意識と、視覚と、聴覚はあるけど、あとのほとんどの感覚は、全部フライに伝わるかんじだからね。回路が違うっていうか、麻酔でもされてる気分っていうか、起きてるのに、夢を見ている時のような感覚。夢って、映像と音はあっても、匂いとか味とか、痛みとかはほとんどないでしょ」 「そっか、便利といえば便利だな」  修平は感心したように、ぼくの説明を飲み込んだ。  そのあともしばらく、小旅行の計画について話し合っていたのだけど、ふいにとある疑問を思いついて、ぼくは修平にきいてみることにした。 「あのさ、泊まる場所はどうするの? 部屋とか一緒じゃないよね」 「ああ、部屋どころか、場所も変えるよ。俺が寝る施設は誰にも教えられない」 「慎重だね」 「殺されるまではいかなくても、シャドウに何されるかわかったもんじゃないしな」 「死なない程度に怪我させたりとか?」  ぼくはそういってから、がっくりうなだれた。言葉に出してみると、自分がとんでもないことを口にしているなと気付かされる。前科があるだけに、またいつやりかねないという不安もある。
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