0人が本棚に入れています
本棚に追加
修平は理不尽な説明をしつつ、ぼくの構えるミット目掛けて、次々と球を放り込んできた。元々運動センスは抜群なので、コントロールはいい方だ。ぼくも、そんなに運動オンチというわけでもないので、なんとか受けて返すことくらいはできる。もっとも全力で投げられたら多分取れないだろうけど、適度な距離で、7割程度のスピードで投げてくれるので、なんとかサマになるかんじだ。
夢中で球を受けるのに集中していると、不思議と周りの雑音は気にならなくなってくる。
「よし、ラスト。スライダーいくぞ」
「おう」
ぼくの合図を確認すると、修平は振りかぶって、今までで一番速い球を投げてきた。
変化球の宣言をされたものの、ほんとに落ちて曲がるとは思わなくて、ぼくはミットで追うことができず、そのままバランスを崩し、砂浜にひっくり返ってしまった。
そのままの体勢で、高く輝く太陽の光を浴びていると、修平が近づいてきて、ぼくのお腹の上に腰掛けた。
「重い重い。どいてってば」
「なんかこうしてると、普通にカップルみたいだよな」
「虐待してるようにしか見えないって」
「そうか? これも愛情表現の一つだと思うんだけど」
「いいから、どいて」
修平は、最後にぐっと力を入れてから立ち上がると、拾ったボールをミットに挟んだまま、駐車場の場所まで歩いて行った。
ぼくは服についた砂を払い、はぐれないように黙ってその背中を追いかけた。
それから箱根の長い峠を経由し、河口湖に着くまでは、高速を使わず、下道のみを利用して向かった。休日とはいえ、都内を離れれば、それほど混雑するわけでもないし、そのほうが、景色も刻々と変化して、ドライブ自体を楽しめるからだ。
穏やかな湖畔の周りを歩いたり、通りがかりの美術館を見学したり、お土産屋さんを見て回ったりで、時間はあっという間に過ぎてしまった。
夜になり、付近のレストランで食事を済ませたあと、修平が電話で確認して、空いているホテルの予約を取り付けた。
ぼくはそこまで送ってもらうと、去っていく車に手を振り、一時の別れをすませた。
チェックインをすませ、部屋に荷物を置き、ホテル名物である、湖畔を見渡せる個室の露天風呂にやってきてのんびり浸かりながら、ぼくは修平のことについて考えた。
修平はなんで、ぼくに対してこんなによくしてくれるんだろう。
最初のコメントを投稿しよう!