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二人はしっかりと手を握ると、人の切れ間に潜り込み、門を抜けた。
二人の目前に広がった景色は、小さな街ながら活気に溢れた楽しげな様子だった。人々は笑顔で商いをしたり、言葉を交わしたりと、普段の日々を送っていた。どこか暗い空気を纏った二人は、取り残されたようにそこにぽつりと立ち尽くす。
「ここも平和ね、ワイス」
「願ってもないことじゃないか、フリージア」
二人は視線を前方に向けたまま言葉を交わした。何故だろう、二人の間には長年連れ添ったもののそれを感じる。
「こんにちは、見かけない顔だな。どっかの行商さんかい?」
微動だにしない二人に声をかけてきたのは、気の良さそうな三十中ごろの青年だった。浅黒く筋肉質な体に、到底似合わない花籠を抱えている。
「いえ、私達は旅人です」
答えたのは男性だ。
「へぇ、二人でかい? これは驚いた。何もない街だがゆっくりしてってくれよ。困ってることがあるなら、この花屋の旦那がお答えするぜ」
男性は少女の方に視線を向けた。少女も気づいて男性を見上げると、小さく頷く。
「ではお言葉に甘えて。私達の旅の目的は世界中にいる『記憶継承者』の話を聞いて回ることなのですが、もしこの街にも『記憶継承者』の方がいらっしゃたら、教えてくださりませんか」
青年は男性の言葉を聞いて残念そうに首を振った。
「悪いな、旅人さん。こんな小さな街だ、『記憶継承者』なんて国に認定されるような奴がいたらすぐ噂になるんだが、この間百歳の婆さんが亡くなって以来この街に『記憶継承者』誰もいないんだ」
「では、そのお婆さんの話を聞いたことがある人は」
「それも残念なんだが、婆さんは頑なに記憶のことを語ろうとはしなくてな。婆さんは一体どんな記憶を持っていたのか、この街の誰一人として知らないんだ」
青年は肩を落として申し訳ないと再度首を振る。
「そうでか。いえ、いいんです。誰しもが記憶のことを快く語ってくれるわけではないことはよく分かっていますから。この街にも『記憶継承者』が存在していたことを知られただけで十分です。ありがとうございました」
男性は特別落胆した様子は見せずに礼を述べ頭を下げた。
「力になれなくて済まなかったな。まあ、次の街に行くまではゆっくりしてってくれよ。隣のお嬢さんも歩き通しじゃ疲れちまうだろ」
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