第1章

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「うん!今日はありがとう。また来るね」 彼女はそう言い残すと、足早に去って行った。 「あ。名前、聞いてねえや」  翌日も彼女は演奏を聞きにやってきた。この日は折からの猛暑の影響もあり、夕方になっても思いのほか気温が下がらず、一旦は外に出るのを止めようかとも思ったのだが、彼女が待っているのではと淡い期待を抱いて、いつもの場所にやってきたのであった。期待通り、この日は彼女のほうが先に来て待っていた。 「悪い悪い。ちょっと遅くなっちまった」 「へへ。暑いねえ。今日も」 「んだなあ。でも!俺はさっき腹いっぱい西瓜食ってきてるから、元気なのだぜ!」 「いいなあ。あたしも食べたいなあ」 無邪気な笑顔を見せる彼女に今日も鼓動が早くなる。 「こ、今度、一緒に食べような」 「う、うん」 少し恥ずかしそうに彼女は頷いた。――こ、これは結構、好感触では――高鳴る鼓動と動揺を彼女に悟られないよう、演奏に集中する。この日も気付けば日が落ち、あっという間に夜を迎えた。 「さあ。今日はここまでだな」 「明日も、来ていい?」 帰り支度を始める彼に、彼女はそう問いかけた。 「そ、そりゃあもちろん。お、俺も、待ってるから……」 「あは。じゃあ、またね」 彼女はそう言い残して去って行った。そしてその約束通り、次の日も、彼女は彼の演奏を聞きにやってきたのだった。だが、その日の彼女はいつもと少し様子が違っていた。 「よう。ん?どうした?なんだか顔色悪いぞ」 「ん……。ちょっと、夏バテ気味、かな」 「おいおい。ちゃんと美味いもん食って、適度に運動もしなきゃダメだぞ」 そう言って――なんだか、恋人同士みたいだな――と照れくさくなる。この数日で、彼女との距離は格段に縮まっていることは実感していた。彼女にしたって、こうも毎日自分に会いに来てくれているのだ。少なからず好意を抱かれていると思っても間違いではないはずである。 「もうすぐ死んじゃったりしてね」 「お、おい。怖いこと言うなよ……」 いくら冗談であっても、ここまでさらりと言われると笑えない。彼女に悟られないよう平静を保ちつつ、この日も日が落ちるまで自慢の曲を目いっぱい演奏した。 こんな毎日が一週間続いた。そして、今日が七日目の夜。この日も例外にもれず、彼女は曲を聴きに現れた。 「本当に毎日来てるな、おまえは」 「なんで?ダメ?迷惑?」 彼女は困惑した表情で言った。
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