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「それにしても今日はやけに暇ですね」
コーヒーを机に並べながら社長に問う。
いつもはこの時間、昼前は必ず二、三人は訪れてくる人がいるのに、今日はまだ一人もお客さんをみていない。
「そうだな…由々しき事態だな…」
ここの探偵事務所はある程度知名度があり、わざわざ遠方から訪れるお客さんもいる。
由々しきとか言いながらカップに口をつけ、コーヒー(カフェオレ)を啜っている。
本人いわく、これはカフェオレではなく“コーヒー”らしい。
葉嶋さんも書類に目を通しながらコーヒーを一口。
「そうねぇ、相談予約も明日からの分しかないし…今日は暇な日ね」
実に嬉しそうに書類から目を離す。
「今日はこのままお客さんも来なさそうだし、お店閉めちゃう?」
葉嶋さんが期待を込めた目で社長を見る。
いつもの社長なら
「諦めるな!最後の最後まで金を追い続けろ!!」
とバサリと切り捨てられるが、今日は不思議なことに。
「そうだな、閉めるか」
と一言。
シーンと静まり返る。
その静寂を突き破ったのは葉嶋さんだ。
「えええええ!?本当!?やったっ♪今日は呑むわよぉおおお」
葉嶋さんは小躍りしながら奥の部屋に戻っていった。
私は社長を信じられない目で見つめる。
「なんだ、俺がイケメン過ぎて見とれてたのか?」
私の視線に気づいた社長がニヤリと笑う。
私は即座に首を振る。
「違いますよ!どうしたんですか?熱でもあるんですか?」
「ねーし!!俺も今日は用事があるんだよ…お前午後から今日授業あるだろ?まだ早いが上がりで良いぞ」
早すぎだし!!
まだこっちに来てから二時間も経ってないし!!
私はあんぐりと口が閉まらなくなった。
いつもは遅刻ギリギリまで事務所に居させるのに…
お陰様で教授からも同じ科の人からも『遅刻ギリギリクイーン』と言うありがたいあだ名を頂いた。
ぞわぞわっと鳥肌が立つ。
「社長…気持ち悪い」
ペチンと頭を叩かれる。
「イタッ」
「誰が気持ち悪いんだ、誰が。」
頭を擦りながら社長を見る。
「じゃあ…上がらせて貰います?」
「おう、上がれ上がれ。お疲れさーん」
手をひらひらと振り、私を送り出す。
私は荷物をまとめて、一礼してから釈然としない気持ちで事務所を出た。
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