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「名瀬!」
僕に声をかけられた女性が、くるりと後ろを振り向く。
白いセーラー服の胸の前で結ばれた大きなスミレ色のスカーフがふわりと揺れた。
漆黒のロングヘアがさらりとたなびいて、大きな窓からの光が煌めきと色彩を与えている。
「はい」
柔らかい声色の返事が聞こえた。笑顔で立ち止まった彼女と話すのには、まだ少し遠い距離。
僕が早足でさらに距離を縮めると、彼女も小走りで駆け寄ってくれた。
「昨日、音楽室のグランドピアノの上にシュシュが置き去りになっててな。…もしかして名瀬の?」
「…あ。」
名瀬が後ろ髪に手をやったのは、きっと無意識だ。触れたのは、いつもシュシュで束ねるのと同じ場所。
「なくなったら困るから、準備室に入れておいたよ。…名瀬、時間あるなら今から取りに行くか?」
「…あ、でも、」
「今から準備室行くつもりだったから僕はまったく手間じゃないぞ?」
「あ、じゃあ行きます!」
名瀬に笑顔が戻って来た。
それにつられて、僕の顔の筋肉が緩んで、やっと自然な笑顔になれたのに気づく。
「じゃ、鍵取って来るから、待っててな」
名瀬は僕が出てくる部屋の扉の横で待っていた。
「…お待たせ。行こうか。」
僕は、いつもより2割ほどゆっくりのテンポで歩き出した。
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