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矢子に断り優香は棚から本を一冊、手にとってみた。年季の入った本らしく全体的に色あせかつての純白だった頃の名残すらない。手垢の痕も所々に残され、相当、読み込まれた本だと思われる。表紙には背表紙に書かれていたフランス語と同じ単語が書かれていたが、優香が専攻しているのは英語なので、何が書かれているのか分からなかった。表紙を捲ると日本と洋書特有の香りが混ざり合った臭いが優香の鼻を掠める。ページをパラパラと流してみるが、何が書かれているのか分からない。英語の単語が所々あったが、あまりにも専門的すぎて意味が訳せない。
矢子はコーヒーを飲みつつニヤニヤしながら洋書を読むのに苦労してる優香を見つめている。まるで、かつての自分を思い出すかのように。
「ダメね。読めないわ。矢子先生は読めるのですか?」
「私?もちろん・・・」
矢子は意味ありげに笑い言う。
六時限目の自習と掃除、ホームルームといった一連のことが済み。ようやく、放課後になった。優香は輝葉に言われた通り一階の生徒指導室に向かっていた。二階の教室から中央階段を降り生徒指導室に向かう、その途中、優香は不在中の札が掛けられた保健室前で足を止めた。
(矢子先生のあの言葉の意味は・・・)
それは、些細な疑問であった。保健室に置いてあるモノ。学校の備品を除いた品の殆どは養護教諭である矢子の私物だ。なのに、棚に収められていた洋書。それらに、ついて矢子に尋ねたら、彼女は笑みを崩さずに、
{私にも読めないわ}と、答えた。
意外な答えだった。矢子の私物であるのにも、関わらず洋書が読めないと。インテリアとして洋書を飾るのは珍しくないが、単なる飾り物とは思えなかった。どういうことかと、矢子に聞こうとしたが、彼女は、
{ごめんね。これから、私、職員会議なんだ。詳しいことは、また今度ね}
優香からの質問を察したのか矢子は苦笑いを浮かべると、職員会議などとあからさまな嘘をついて彼女を保健室から追い出した。
(今度、矢子先生に聞けばいいけど、教えてくれるかしら)
ただ、あの曖昧な返事は簡単に理由を教えてくれるとは思えなかった。誰にだって秘密の一つや二つはあるのだから、それを無理矢理、聞きだそうとするほど、優香は悪趣味ではない。
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