その1

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 この時、努は気付いていなかった。帰宅や部活に向かおうとする生徒に紛れて不自然な人影がいたことに。夕暮れ時は、別名、逢魔が時。生者と死者の境界がもっとも曖昧になる時間である。その時は生者でも異なる存在である死者を見ることができる。ただ、『逢魔が時』が見せた幻だと思い、記憶には留まることはまずない。だから、新校舎の設立に合わせて新調された夕海高校の一つ前の制服を着ている生徒が混じっていたとしても気にも止めないのだ。  努と優香が呼び出しを受けた生徒指導室は職員室と北階段に挟まれた部屋にある。素行の悪い生徒を中心に指導する部屋なので広さトイレと同じぐらいしかない。普通に過ごしている分には呼び出しを受けることはないので、数ある部屋の中では比較的、利用率の低い場所である。 「輝葉先生。諏訪優香です。辻努さんも一緒です」  優香は部屋に入る前に引き戸をノックする。後ろめたいことがなければ、何ともない普通の部屋であるが、努との間に妙な噂が出ていることを知った今となっては開けるのも億劫になりそうだった。 「入れ」  生徒指導室から輝葉の声がかかる。優香は、 「失礼します」  引き戸を開け軽く一礼すると生徒指導室に足を踏み入れた。  鰻の寝床のように細長い部屋には机とパイプ椅子。それに戸棚があるだけのシンプルな部屋であった。  夕暮れ時ということもあって、輝葉は部屋にある唯一の窓から外を眺めて黄昏れていた。 (あれ・・・?)  生徒指導室に入った直後、優香は妙な違和感を感じた。一見すると、普通の部屋でしかないが、何だか視界が妙にぼやけてみえた。白で統一された殺風景な部屋。特に、おかしなところはないように思えるが、何だか前にも見たことある光景に似ていた。  入ったことがない生徒指導室はこのような造りをしていたのかと、優香が思っていると、彼女の肩が掴まれた。突然、努に肩を掴まれ優香は驚き振り返る。  先生が目の前にいるというのに、何を考えているのかと言いそうになった。が、努の顔を見て、その言葉を留めた。
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