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あの顔だ。逢魔と対峙した時に見せた嘘偽りもない真剣な顔。さっきまでのすっとぼけた様子はなく、その目は何かを警戒するように鋭く光っていた。
「努さん。どうかしたというのです?」
「優香。ここに入ってきた時に気付かなかったか?」
「気付くって、何にですか」
優香は努に聞かれても、何を言っているのか分からなかった。普通に生徒指導室の引き戸を開け中に入った。特におかしなことは何もなかったはずであるが。
「優香が生徒指導室に入った直後、目の前から姿が消えた。いや、正確には姿が灰色の人影になったと言った方がいい」
「え!?」
努の言葉に優香は驚いた。自分は何も感じなかった。努が逢魔の狭間に向かう時、強い光りを感じるというのに、今は何一つ違和感など感じない。ただ、普通に引き戸を通ってきただけ。
「慌てて、追いかけて、俺も生徒指導室に飛び込んだが。優香が消えたところに妙な裂け目があった。刃物で斬られたような裂け目が空間に開いてた。辻家や細辻家が逢魔の狭間に移動する手段とは明らかに別ものだ」
「ということは、ここは逢魔の狭間!?」
気のせいではなかった。やはり、優香は見たことがあった。常に空が夕焼けに染まっている現世と処世の狭間にある世界、逢魔の狭間だ。逢魔や魔化した者に襲われることはあったけれど、行方不明事件以降、再びそこに訪れる機会がなかったので三ヶ月も経つと記憶の片隅に追いやられていた。
久々に訪れた逢魔の狭間。しかし、今はその狭間の世界をオカルトクラブとして楽しんでいる場合ではない。そもそも、何の理由もなく逢魔の狭間に行くことなどない。ましてや、逢魔と関わり合いを持ったとはいえ、一般人でしかない優香が連れてこられるなど。
そして、何より一番、不自然だったのは目の前で空を見上げて黄昏れている辻利輝葉だ。努と優香が逢魔の狭間にいるというのに、輝葉の姿が灰色の人ではなく普通に見えていた。それは、つまり、輝葉は今、この逢魔の狭間に実在しているということになる。
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