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努が以前、言っていた。死者が逢魔に取り込まれる過程、通称『魔化』。進行の度合いによるが、逢魔に近付けは近付くほどに、生と死の境界が薄くなり普通の人にも見える時がある。生者であったスズの魔化がある程度、進んだ状態では昼間でも薄暗い場所ならば姿を優香も見ることができた。完全に逢魔に取り込まれた者が現れた場合、その者は自分の意志で異形となった姿を時間帯を問わず見せることができる。
もしかしたら、その臨時の先生というのは逢魔になった者ではないか。昼間でも姿が見えることを利用して学校に潜入してきたとしたら。
(いえ。さすがに、それはないわね)
いくら何でも勘を探りすぎている。逢魔といえば属にいう、怨霊や悪霊、国よっては悪魔と呼ばれる存在だ。人に害を成す者が、先生としている為には正気を保ってなければならない。努の知る範囲では魔化して正気を保てた者はまだ見かけたことがないそうだ。ましてや、その逢魔に取り込まれた者が堂々と逢魔を狩る者の前に姿を現すだろうか。
「あ、そろそろ、来たかなァ?」
蓮美は座ったまま身体を反らして教室の入り口に目をやった。廊下から女子の黄色い声が聞こえた。
逢魔ではないと思うが、この中途半端な時期に何の理由もなく急に、やってきた先生は怪しい。優香はどんな先生なのか注意を配り入っている人を観察してみようと思った。何かあったら、努に連絡をして対策をとらなければならい。
「さて、先生も来たことだし、私もそろそろ、席に戻りますか」
いつまでも優香の机に座っていたら注意を受けてしまう。初日から悪い印象は受けたくない。
蓮美は優香に目配りして席に戻ると、丁度、午後の始業を伝えるチャイムが鳴った。同時に教室のドアが開いた。
教室に入室してきたのは噂通りの人。若く少し鼻が高く、黒髪を中央から左右に分けた美形の男性。灰色の背広を着こなし、浅緑色のネクタイを首もとまで上げ、しっかりと締めていた。新任にして臨時の先生は隙のない身のこなしで教壇まで上がると担当科目である社会科の教科書を開き、
「私が今日から、このクラスの社会科を受け持つことになった辻利輝葉(つじり きよう)だ。よろしく」
辻利輝葉と名乗った彼は、他の人に比べると肌の色が浅黒く、隙のない身のこなしはどことなく只者ではないという印象を生徒に与えた。
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