夏の華

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龍神は、気付いていた。 ……あさみさんの嘘に。 学校に行く時間なのに、 龍神は、全てを晒すかのように、私の目を見たまま話続ける。 「何となく週数が合わなくて、オカシイと思ってた。 でもあいつから輝子に気持ちが移ったことにも罪悪感を感じてたから、 あいつが荒れた生活から離れられるなら、俺が全部引き受けようと決めたんだ」 龍神の誠実さが、とてもツラかった。 その決断に、私の姿はどこにもなかったから。 溢れそうな左目をみて、龍神は私の気持ちが読み取れるのか、 「……もし。あのとき、輝子から俺を必要だと言われていたら、悩んでいたかもしれないけど」 「え……」 連絡をしてこなかった私とのすれ違いも、一因だと話し始めた。 「東京で頑張ってるんだと思った、 俺が居なくても、大丈夫なんだと……」 大丈夫なんかじゃなかった。 「……頑張ってたよ…」 愚かな自分と、 才能のない自分が、龍神の支えを欲しがっていた。 「だよな。だから、もう少し、輝子には東京で可能性を信じて欲しかった。 じゃなきゃ、俺が輝子を諦めた意味がなくなるって……」 もっと、 私が、素直になっていれば…… 「……て、今頃いろいろ言ったって仕方ないのにな。 輝子が、俺をもっと責めてくれた方が、気が楽なのに」 だけど、本当に挫折した理由を龍神には話したくない。 責めることも、 打ち明けることもできずに、 龍神の足を、ただ止めてるだけの時間が過ぎていく。 「輝子……」 せっかちじゃなくなった龍神の手が、 私の頬に触れるまで、苦しい時間だけが流れてた。 「また、巻き込んで悪かったな。 ………痛いか?」 「……ううん。大丈夫」 最終的な決断を聞くまでは、 まだ、心に整理がついていなかった。 「そうか、俺。病院のあと、市役所に行ってくるから」 「市役所?」 運命が重なることのない人だと分かっていても、 それでも、大好きな龍神が、 「婚姻届出してくる」 本当の意味で遠くなった現実に気づくまで、 「輝子も幸せになれ」 私の時は、 16歳で、 止まっていた。
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