夏の華

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………また、怪我をさせてしまった。 あさみが入院している病院に向かいながら、 何度も、 何度も さっき、別れたばかりの輝子の顔がちらついた。 眼帯をして、 とても痛々しかった。 三年前、 輝子の手の火傷を見た時と同じように、 頭に血が上ったけれど……… 「龍神、また来てくれたの?もう、明日には退院するのに!」 今の俺は、怒りのまま、それを顔に出したりすることもできない。 「………うん。今日、あさみの誕生日だろ? だから、プレゼント持ってきた」 「え?なになに?」 俺と別れて、 ぼろぼろになった あさみを放って、 輝子のために全てを投げ出すことができない。 「これ………保証人ももう大丈夫だから」 「………龍神………」 過ちにいつまでも苦しめられるあさみを、 守ってあげられるのは、 俺だけのような気がした。 「婚姻届。 あとは、あさみがサインしてくれたら そのまま市役所に出すよ」 「………本当にいいの?」 「なにが?」 「だって、あの子なんでしょう? 私と別れて付き合った女の子って」 「………」 「あの子が帰ってきたのに、 本当に私と結婚していいの?」 輝子には、あいつがいる。 彼女に相応しい純粋そうな男だった。 「いいんだよ。彼女が東京に行ってから二人の関係は終わったんだよ」 ………本当にそうだろうか? お互いに、 お互いを思いすぎて、 いつの間にか距離ができてしまったんじゃないのか? 輝子は、 もしかしたら、 東京で、俺が帰ってこいというのを、 待っていたんじゃないのか? 「龍神、あのね、話があるの、 凄く大事な………」 何度も期待した、 孤独感からの切望。 再会したことで、再燃した思い。 「なに?婚姻届を出す前にしておかなきゃいけない話?」 だけど、 俺はもう、誰かを裏切ったり、 傷つけたりはイヤなんだ。
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