夏の華

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「こ、こんにちは」 あさみの病室から出てきた俺に、恐る恐る声をかけてきたのは、 「………え、と、」 「金森です」 「そう、金森」 「話があってきました」 制服姿の輝子の彼氏だった。 事件に輝子を巻き込んだ事を怒ってるんだろうか? それとも、 この間、邪魔しちまった俺に文句を言いに? 「………結構、急いでるんだけど。歩きながらいいか?」 俺がそう返事をして、 病院の階段を降りていると、 「その紙、もしかして、婚姻届けですか?」 金森は、 俺の手に握られたクリアファイルに入ったそれに気付いた。 「………だったら何?」 とても、険しい顔になった金森は、 「それ、俺にください」 と、 わけの分からない事を言った。 変なやつ。 こいつ、中学の時からずっと輝子を好きだったんだっけ? 彼氏でもないのに、 片思いなのに、 奇特なやつ。 だけど、 駐車場に着くまで、話を聞いているうちに、 こいつの輝子への思いは、 ホンモノなんだろうなって思った。 「俺が話したこと、輝子さんには言わんでください」 金森が、 車の鍵を開けた俺に、 深々と頭を下げた時だった。 「おい!!」 駐車場に植えられた桜の木々の間から、 大きな人影が、突如 飛び出してきた。 俺よりもかなり大きな男の出現に、 金森も腰を抜かしてしまっていた。 「大森!!」 その男の手には俺に狙いを定めた鋭いナイフが握られていたからだ。 「危ない!!!」 振り上げられた刃先の前に、 一瞬、 立ち上がった金森の背中を見た。 男の隆々強い腕に、 悪の象徴のようなタトゥー、 飛び散る赤い飛沫―――――― 倒れる金森。 スローモーションのような惨劇のなかで、 とてもキレイな歌が聞こえたような気がした。 懐かしい歌声だった。
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