夏の華

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動かない龍神を見るのは初めてかもしれない。 そもそも、 龍神と一晩を過ごしたことも、 朝を迎えたこともないんだ。 私達は、いつも近くにいたのに、 知らないところが沢山あった。 「ねぇ………」 私は、もっと、深く知りたかった。 カッコいいだけじゃなくて、 例えば、 眠ったらイビキをかいちゃうとか、 顔を洗ったのに、 おでこにまだ泡が残ってるとか、 笑ったら、 へんなとこから空気が出ちゃうとか、 だんだん、目尻や口元に しわが目立ってくるとか、 お腹が出てきて、ズボンを直ぐに買い換えなきゃいけないとか、 いつもクールなのに、 出産シーンや感動するドラマ見て号泣して、 ″年取ると涙腺弱くなるなぁ″ って染々とお茶を飲んだりとか、 一緒に年を重ねたことを悦びとして感じ合うような、 そんな、 あなたを、 側で見ていたかった。 「龍神………目を開けて、声を出して」 例え、あなたが結婚して、 好きになることも、そばにいること許されないない未来しかないとしても、 死んでいなくなってしまうより、 ずっといい。 あなたが消えた世の中で、 私は、もう、 歌を歌うことはないし、 きっと生きてはいけない。 ″輝子の歌、みんなに聴かせたい″ 龍神………、 私は、あなたのために、歌ってたんだよ。 ここでも、 東京でも、 龍神の存在なくしては、 私は、歌うことはできなかった。 「私、なんのオーディションでも、 こればっかり歌ってたとよ? だから、落ちてたとかなぁ?」 カラオケで初めて歌ったアニメソング、 のど自慢大会で、 みんなの前で歌ったLOVEソング。 龍神に、 最後に聴いてほしくて、 龍神の耳元で、 囁くように、 涙に変わらないように、 思い出の曲を口ずさんだ。
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